いないようでいてくれる

人類が言葉を持つ以前の状態を「ピュシス」と呼ぶらしい。言葉を持った人類は何が変わったのか? 言葉は人生の感情を全て言い表せるのか? はたまた仮そめの記号なのか?
「H氏賞」受賞詩人が紡ぐ言葉世界を、トカイナカの風に吹かれながら……。

第十六回 「昼の月」~ 昭和の観光地? ~

片岡直子

『わたしたちの郷土さいたま』 という 副読本
学習をして遠足 三年生 「県南めぐり」 平林寺や 県庁へ
四年は東京 五年で臨海 六年生の修学旅行  栞は アルバムに
三年生までは 母が 写真を管理してくれていた  長じてから
エッセイ講座へ通う 野火止用水も 歩いてみた

旅先で 旅館の人が 案内板をもって 並ぶみたい
しまのさんの 柿渋の団扇を手に 駅へ迎えに 団扇は昔
生活の必需  煮炊きや 風呂沸かし 農作業 大きくて頑丈な
今は一軒だけ  ひとあたりの柔らかい 御主人  現在の 用途には
「応援」も  梅林を越え 西への登り路  龍穏寺 太田道灌の墓
ゆっくり 案内板も読みながら 上谷のオオクス 木守りの妖精?
小柄なお爺さん 若い頃 横浜へ働きに マリンタワー
完成の パレードのこと 話してくれる

少し前 父が「黒山三滝へ行ってきたよ」 聞いたとき 昭和の観光地
という言葉  かつての記憶も失われている私には ここしばらく 雨も
降らなかったのに 水量もけっこう……と 滝の前  太鼓橋 昭和の売店
ご婦人店主から 越生の梅干 渓谷のほとり ぐらぐらする石に しゃがんで
流れに手を浸す 本当は大正 明治 江戸時代 ずっと人々が訪れ 
ほか~んと 滝を見上げ 続く坂 登り 下って 昼の月

嵐山渓谷へは 他日 北西から入ると歴史的 足腰の不安な人と歩くと 私が
転びそう  京都に似ているから嵐山って あられもないと 思っていた 甌穴と
トラストの森 初めての私 二度目の私たち 新緑に歓迎されて 木造の 松月楼へは
晶子も訪れ 観光用かと思ったけれど 昔は冬の季節橋=塩沢冠水橋 飛び石を渡り
槻川橋まで行くと 令和のBBQの気配? 引き返す 金棒が ゴロゴロする
鬼鎮神社  マラソン道 上って下って 眠る人 昭和を越えて
未生の 町へ


「無口な」©しっぽ

執筆者プロフィール

片岡直子(かたおか・なおこ)

1961年生まれ、入間市出身。東京都立大学卒業。英国系製薬会社勤務の後、埼玉県と山形県の中学校国語科教諭を経て詩人・エッセイストに。第46回H氏賞受賞。詩集に『晩熟(おくて)』『曖昧母音』(いずれも思潮社)、『産後思春期症候群』『なにしてても』(いずれも書肆山田)他、エッセイ集に『ことしのなつやすみ』(港の人)、『おひさまのかぞえかた』(書肆山田)。朗読CD『かんじゃうからね』。青森県~山口県で詩の出前授業。詩とエッセイの講座を20年、各紙誌書評を16年間担当。2018年にラジオ放送局「FM NACK5」開局30周年「埼玉あなたの“街”自慢コンテスト」の川柳の選考をして以来、県内市町村パンフレットを眺めるのが愉しくなり、ほぼ持っています。


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