第二回 箱旅 ~八高線と二十年~

片岡直子

いないようでいてくれる

 人類が言葉を持つ以前の状態を「ピュシス」と呼ぶらしい。言葉を持った人類は何が変わったのか? 言葉は人生の感情を全て言い表せるのか? はたまた仮そめの記号なのか?
「H氏賞」受賞詩人が紡ぐ言葉世界を、トカイナカの風に吹かれながら……。

 

箱旅 ~八高線と二十年~


夏と秋 一往復ずつ 二十年
学生が乗ってくる 降りていく 週末の人々 通勤帰りの
よどみ 八高線は揺らし 私のことも 運んでくれた

折原 松久 明覚 用土 竹沢 たんしょう 越生
一里飴 広告は ほとんど見なかった 風景も変わることなく
仕事を持ち込んで コンクールの小中高校生の詩 書評の本
付箋を 貼っていたりしたけれど できるだけ外を眺め
電車で眠れる人は 羨ましい

最初の夏だけ 大宮から新幹線 高崎へ早く着き 行楽の人々のなか
少し憂鬱な 仕事の気持ち 新幹線より 八高線が 似合っていた
終わりの頃は川越経由の東上線 小川町や寄居から 乗り込んで

最後の秋 帰り路 落雷で停車 夜の中 そっと 待つ
座って 電気も付いていたけれど このまま 時の忘れ物になる
明かりの見えない夜の外 箱の中 それも悪くない 一時間
ようやく動き始め 帰宅してみれば 子供は起きていて

高麗川 越辺川 都幾川 雀川 槻川 兜川 荒川 茂る森 遠くの山々
高台 小学校 病院 畑作の 果樹の 沼の 暮らす人々の 駆け出す小学生
日々を 去年と今年 温かく抱き留めて 淀んだ とき を
振り捨てるように降りていく 姿を見送って 
それは まるで ……

ながい 八高線 各駅停車の 距離 というより時間の
最初の子供は 今の大人 私にしたって 車窓から
動いていても 停まっていても

降りてしまえば 初春のひかり 二両の簡素 愛らしさ
線路と あやとりをして 外の 徒歩の 車の軽やか 鉢形城跡
建具会館 上谷の大クス 龍穏寺 出雲伊波比神社 竹寺まで 箱を
眺め 手を振って いつかまた これから乗ってゆくひとになる

 


「明日へ」  ©しっぽ

執筆者プロフィール

片岡直子(かたおか・なおこ)

1961年生まれ、入間市出身。東京都立大学卒業。英国系製薬会社勤務の後、埼玉県と山形県の中学校国語科教諭を経て詩人・エッセイストに。第46回H氏賞受賞。詩集に『晩熟(おくて)』『曖昧母音』(いずれも思潮社)、『産後思春期症候群』『なにしてても』(いずれも書肆山田)他、エッセイ集に『ことしのなつやすみ』(港の人)、『おひさまのかぞえかた』(書肆山田)。朗読CD『かんじゃうからね』。青森県~山口県で詩の出前授業。詩とエッセイの講座を20年、各紙誌書評を16年間担当。2018年にラジオ放送局「FMNACK5」開局30周年「埼玉あなたの“街”自慢コンテスト」の川柳の選考をして以来、県内市町村パンフレットを眺めるのが愉しくなり、ほぼ持っています。



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