いないようでいてくれる

人類が言葉を持つ以前の状態を「ピュシス」と呼ぶらしい。言葉を持った人類は何が変わったのか? 言葉は人生の感情を全て言い表せるのか? はたまた仮そめの記号なのか?
「H氏賞」受賞詩人が紡ぐ言葉世界を、トカイナカの風に吹かれながら……。

第十一回 若宮橋にて ~ かわつるさかまつさかつる ~

片岡直子

 

中心街の無い町 という言葉に はっとしていた
高徳神社と 白鬚神社に続く日 五輪が 一年遅れ
脚折雨乞 いつ行われるのかも 分からない 雷電池 何人もの
人が訪れ 静かに池の 清掃作業を されていた

野郎は 野に 放て 高麗川の 若宮橋
ほとりへ 降りる 草の道  少し前まで
葦だろうか 生い茂り 人工物と言えば この
橋くらい そう 思っていたけれど 行政のおせっかい?
律儀な親切により 草は刈り取られ 向こう岸の家々
あんなに近い  知ってはいても

冠水橋  十cmほどの欄干 歩こうとする バッタを見つけ
靴先 とんと鳴らし 飛ばそうとする  横で見ていた 私は
交接の最中 気の毒に と思って そう言うと 見てごらん
後ろからだと 一匹にしか見えないから 引き寄せられる
雌の方が大きいから 乗せたまま 跳ぶ  だなんて

正法寺では ブランコと鉄棒 あの頃の谷川さんを思い出す
幼稚園のステージ 鼎談 片手をついて 飛び乗った 六十代
男って こうなのか まだ動く自分の身体 試したい
島田橋 入西のビャクシン 天神橋 聖天宮

あまり 疲れさせずに 駅へ 送る おんぶを下ろし 私は一人
鶴ヶ島 脚折町 善能寺  市道(いちみち)は南下 カーブをして
正音寺へ続き 太田ヶ谷沼  木道の下 カモたち 佇んで 寒くない?
寒い方が良いんだっけ なんて お年寄り二人 陽のベンチ 黄葉の
銀杏並木 ほうっと見上げ 日光街道 鎌倉街道 冬至へ向かう
心を ほどく 今を 味わっている 


「黄色に包まれて」©しっぽ

〈詩について〉

 よく利用する「圏央鶴ヶ島入口」交叉点の近く、コンビニエンスストアの裏に、逆木の池はあり、鴨たちが、うっそうとした木々の陰、鳴きかわし、浮かんでいる。関越のICの近くには、愛嬌のある龍蛇の雨乞の雷電池と、地名発祥の二本の松が、伸び伸びと腕を拡げている。

「交通の要衝」という言葉の意味は、変化するけれど、鶴ヶ島は高速や国道を考えると、現代の交通の要衝。それでも街を走ると、前の車が何でもないところで停まろうとするので、あらっ? と思っていると、道の右側に、手押し車のお年寄りがいて、おじぎをして渡っていく。

 中心街の無い町は、人が中心で、そんな風にお互いを大切にするから、「住み続けたい街」なのだろう。西に残る鎌倉街道の遺構や、ふと見かけた飯能街道、市民の森と公民館がセットで点在しているところなど、遺すものは残し、工夫するところはする叡智が、街を明るくしている。  

 坂戸市は、トカイナカの魅力を最初に十全に知らせてくれた土地で、初日に向かった最北の島田橋では、これまで訪れた、日本の都道府県の隅々でも感じたことのない感興があった。

 鶴ヶ島や坂戸は生地からも近く、用事が無ければ訪れず、通過はしても、滞在することはなかった。けれどこうして、意欲して訪れることにより、新幹線や飛行機や船舶に頼らなくても、こんなに好きになって、浸る風景に巡り合えることに驚き、埼玉独自の呼称であるという「冠水橋」群と、越辺川&高麗川の拡がりと、唸るような木々との出会いとで、心の中、トカイナカのエース的存在に、なっている。

 今回は情報を、できるだけ抑え、遊びに来た詩友と、のんびりした風景を描いてみました。

執筆者プロフィール

片岡直子(かたおか・なおこ)

1961年生まれ、入間市出身。東京都立大学卒業。英国系製薬会社勤務の後、埼玉県と山形県の中学校国語科教諭を経て詩人・エッセイストに。第46回H氏賞受賞。詩集に『晩熟(おくて)』『曖昧母音』(いずれも思潮社)、『産後思春期症候群』『なにしてても』(いずれも書肆山田)他、エッセイ集に『ことしのなつやすみ』(港の人)、『おひさまのかぞえかた』(書肆山田)。朗読CD『かんじゃうからね』。青森県~山口県で詩の出前授業。詩とエッセイの講座を20年、各紙誌書評を16年間担当。2018年にラジオ放送局「FM NACK5」開局30周年「埼玉あなたの“街”自慢コンテスト」の川柳の選考をして以来、県内市町村パンフレットを眺めるのが愉しくなり、ほぼ持っています。


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