いないようでいてくれる

人類が言葉を持つ以前の状態を「ピュシス」と呼ぶらしい。言葉を持った人類は何が変わったのか? 言葉は人生の感情を全て言い表せるのか? はたまた仮そめの記号なのか?
「H氏賞」受賞詩人が紡ぐ言葉世界を、トカイナカの風に吹かれながら……。

第十五回 常温の熊谷

 

片岡直子

霜の道 朝陽は 目覚め 切れ所沼の猫は ついてくる
標にはっとして 背の高い枯草の陰 釣りの人々 えさをやる
人もいる? 「ごめん。何も持っていないの」 振り返り 荒川土手
階段を上る 迷っても とかいなか 遠くの パノラマ
分岐にて 猫は座り 戻る私を 知っている

畑中の道 少し広がる所 車を停める 二人の老男性 木枝を束ね
運んでいる 「すみません。諏訪神社の って、どちらでしょう?」
顔をあげ 「今、造っています」 初めての街は 寺社を巡る
地理に馴染むと  肩の ちからが 抜けていく

富士山の久下橋が 冠水橋だったのは 平成十五年まで 一度 渡ってみたかった
父の車に 二ペアで乗り 軟式テニス 中学の県大会へ来た際は おそらく押切橋を
その押切橋も 平成二年まで 冠水橋とは! 知らずに 風景の中 東武の妻沼線
カメ号が 走っていたのは 昭和五十八年まで 廃線の翌年 国語科の
教員採用試験のため 女子高校へ来た ことになる

美里町の枝垂桜のお堂で驚いた 蓮生さんの街 今も 一大商都
弥次喜多の十返舎一九 大田南畝 虚子が訪れたのは星溪園 美観の文化都市 
(昨年の 春は夕方 くまなく巡った 妻沼聖天山 本殿の平日開放はなく 門の前
斜めになって 写真を撮影) 年末 お参りのみのつもり 思いがけず入れた
水曜日 老男性の解説の放送付き 何度も戻って ひとり見上げて

ぽこぽこと 塩古墳群 田圃の中の小島 一本榎 枝の張りよう
お地蔵様 散歩の人と 通いの車 小径は愛用されて 文殊寺に 八幡神社
「この のんびりが 江南」 つぶやいて 帰り路 魅惑の県道 47 344 248
261 260 227号 本当は先月 眺めるだけにした 利根川の葛和田の渡しへ
乗ってみたかったな グライダーの機影 追いかけたら 垂直に煙が上がり
河川敷の火災で 遠慮をした  また 異なる季節


「風を感じる」©しっぽ

執筆者プロフィール

片岡直子(かたおか・なおこ)

1961年生まれ、入間市出身。東京都立大学卒業。英国系製薬会社勤務の後、埼玉県と山形県の中学校国語科教諭を経て詩人・エッセイストに。第46回H氏賞受賞。詩集に『晩熟(おくて)』『曖昧母音』(いずれも思潮社)、『産後思春期症候群』『なにしてても』(いずれも書肆山田)他、エッセイ集に『ことしのなつやすみ』(港の人)、『おひさまのかぞえかた』(書肆山田)。朗読CD『かんじゃうからね』。青森県~山口県で詩の出前授業。詩とエッセイの講座を20年、各紙誌書評を16年間担当。2018年にラジオ放送局「FM NACK5」開局30周年「埼玉あなたの“街”自慢コンテスト」の川柳の選考をして以来、県内市町村パンフレットを眺めるのが愉しくなり、ほぼ持っています。


投稿順 新着順