いないようでいてくれる

人類が言葉を持つ以前の状態を「ピュシス」と呼ぶらしい。言葉を持った人類は何が変わったのか? 言葉は人生の感情を全て言い表せるのか? はたまた仮そめの記号なのか?
「H氏賞」受賞詩人が紡ぐ言葉世界を、トカイナカの風に吹かれながら……。

第十八回 心のバルーン 熊と 大除沢と

片岡直子

 

日除け 虫除け 夏も長袖  他の人より暑さを感じない
ジムへ来るおばあさん「暑い 暑い」と連呼する それ 一回言わないと
ずっと涼しく なれますよ  そんな おばあさんのため? でもないけれど
涼しい埼玉  高度を上げる  ツリーハウスは 木に負担
ソーラー=バルーン なんて

行き先も少しずつ 標高を上げ  登山 まではしたくない 狭山 入間 飯能
秩父市は荒川地区 クマ除けの鈴にて 明ヶ指のたまご水  午前十時 クマ除け
ラジオのお爺さん 沢山の小型ペットボトル 水を汲んでいる お邪魔をしては……と
上流のカツラへ  白焼き炭窯の前 写真を撮る 背をそらせても 間に合わない
大カツラ 河原から撮影し 戻ってみる たまご水 悪いところにつけるそう
今は 傷も痛みもなく  ペットボトルを一つ 下さった

神庭洞窟は 対岸から眺め 大滝地区 大除沢の不動滝 駐車場から荒川へ
下り 登って 御不動様からまた 下る 望んでいない 冒険になり 頼りの鈴
しゃりしゃり鳴らし 本当に出会ったら 黙って後ずさり できるかな  八年前
歩いた蕨山では お猿の親子 車で移動しているとあまり出会わず  今朝 国道で
一匹の猿  大血川渓谷で 長い蛇 荒川の吊り橋からの登りかけ 大きな蜂
たぶん 熊たちは 私が除ける以上に私を 除けて くれている

石川県津幡町の小学校で撮影されたクマ きょとんとし 保育園の近くでは
サクランボを食べていた それでも「近くの森へ帰って行きました」という言葉に
どうして逃がして? と 思い クマも保護の対象 ということ 昨日まで知らなかった
視力が悪いので立ち上がり 爪が長いので ひと振りの衝撃 爆竹を鳴らすのは人間 
心と仕草と身体の仕様 バランスが ヒトとは異なる 「ポテくまくん」
ハイキングコースの お隣りさま 素手では人は 弱すぎる 

不動滝+手前のトチノキ 肝を冷やして 涼しい埼玉 クマに出会わず 戻れたけれど
気を取り直して 野坂町ラパンノワール ブール&いちじくと地粉ロール 帰宅してから
クマに躓き 頭も しんと 冷えてくる 鹿 イノシシ 釜山神社の狛狼 そう言えば
毛皮も肉も 要らないけれど クマの胆嚢 それだけは今も 価値が落ちないって


「空高く。」©しっぽ

執筆者プロフィール

片岡直子(かたおか・なおこ)

1961年生まれ、入間市出身。東京都立大学卒業。英国系製薬会社勤務の後、埼玉県と山形県の中学校国語科教諭を経て詩人・エッセイストに。第46回H氏賞受賞。詩集に『晩熟(おくて)』『曖昧母音』(いずれも思潮社)、『産後思春期症候群』『なにしてても』(いずれも書肆山田)他、エッセイ集に『ことしのなつやすみ』(港の人)、『おひさまのかぞえかた』(書肆山田)。朗読CD『かんじゃうからね』。青森県~山口県で詩の出前授業。詩とエッセイの講座を20年、各紙誌書評を16年間担当。2018年にラジオ放送局「FM NACK5」開局30周年「埼玉あなたの“街”自慢コンテスト」の川柳の選考をして以来、県内市町村パンフレットを眺めるのが愉しくなり、ほぼ持っています。


投稿順 新着順