第四回 ハーフではないけれど

片岡直子

いないようでいてくれる

人類が言葉を持つ以前の状態を「ピュシス」と呼ぶらしい。言葉を持った人類は何が変わったのか? 言葉は人生の感情を全て言い表せるのか? はたまた仮そめの記号なのか?
「H氏賞」受賞詩人が紡ぐ言葉世界を、トカイナカの風に吹かれながら……。

 

ハーフではないけれど


まつやま と 声にする
温かいものに 触れている お腹の底にある
ぼたん園 小川 黒い橋 野田橋 下橋

二階建て 商店 高くて三階のビル
白い丸広 微笑んで 空が広い 下沼公園
落ち着いて お年寄り 間を置いて 腰かけ 

高校一年生と 三年生の時 嵐山~高坂間
九kmの クロスカントリー・レース 行事の名は
「歩け歩け大会」 バスケ部と テニス部 ついでに陸上部は
走ることになっていて 持久走 分岐には 矢印の立札 地道の登り
アスファルトの坂道 切れ切れのシーン 記憶に残り コースは
手元になく 惹かれて 嵐山 松山へ

武蔵嵐山駅から 学校橋河原まで歩いたろうか 河原から橋
少しずつ登る 信号や 車のことは どんなふうに? 緩やかな
笛吹峠を登り 下っていく映像に 覚えがあり 今年の桜のトンネル
降りると そこは イチイガシ 高低差の美しい 鳩山町 
地球観測センターへ向かう 畑中の道

釣りの皆さん 訪れる道端沼を右に JAXAへ登る
車は すれ違えない その年は狭山湖外周 十四kmを 走っていた
高二の秋 設立されたという施設 高三になっても 眺める余裕
無かったろう 予約をすると見学も 可能って

石坂の森へ下ると 遠回りかな 東松山 市民の森へ
物見山と岩殿観音 外せないスポット 私達は 存在も知らず
生徒会の立てた 「人生 楽ありゃ 苦もあるさ」 看板 歌いながら
首タオルで走り抜け 入山沼へ下るのかと思っていたけれど ゴールには
笑い話があり 広く下っている坂の映像 もしかしたら 物見山
昔の県道 木漏れ日の 細道 だったのかも 翌年には
動物園が 開かれて 高坂駅へ

冬に 出合った 正法寺 大イチョウ 四月
薄緑 小さな無数の 芽ほどの葉 約束のように 灯し
展望のため訪れた 物見山 満開のツツジ 藤色の ほらあな
漆黒の本殿 吸い込まれ 箭弓稲荷神社 高木の桜 広場を囲む
岩鼻運動公園 見知らぬ私へも こんにちは 挨拶をする
男の子 ぽつんと一人 四年生くらい?

来週もここへ来たら サッカーをしているかな
ぼたん園から 今年は 開花の早い
お知らせが


「静かな場所」©しっぽ

〈詩について〉

 ほとんどの電車の路線が、池袋や新宿や上野を目指している埼玉県において、例えば生まれた入間市の西武池袋線から、お隣の、西武新宿線に乗り換えるのも、文化の越境のようなところがあります。高校生の時、池袋線文化の入間市からバスに乗り、新宿線の狭山市駅から川越へ通ったことにより、今度は、東武東上線文化の友人たちと交わり、東松山の存在を知ることになります。

 父はゴルフや仕事で訪れていたのでよく「まつやま」(「ま」を、やや低く発声し、「つやま」が一音くらい高い平らな発声になります)と口にしていましたが、同じように友人たちも「まつやま」と、同じ低さ高さで声にするのを聴いたとき、独特の想いを感じていました。

 この度、鶴ヶ島や坂戸や毛呂山経由で、ときがわや滑川や吉見や川島などを含めた東松山文化圏(?)の市町を訪れることにより、彼らの口調の意味を知った……ような印象がありました。やきとりとハイキングの街……と言い切ってしまえる東松山市に、余裕と懐の広さを感じるのですが、背景や底に広がる文化の深さと、その保存のされ方を見ると、そのゆとりもよく、分かるような気がしたのでした。

 ちなみに、人生の真ん中から、歩くことはしても走らなくなった私にとって、フルマラソンや駅伝は、テレビ観戦も大好きで、海の中道海浜公園(福岡県)で行われるクロスカントリーも欠かさず眺めますが、そういう今の自分からすると、ハーフまでは行かなくても、高校時代に、クロスカントリーや十四kmのレースをしていたことを思い返して、驚いてしまったことがあり、この詩を描いてみました。(二〇二一年四月十三日朝)

執筆者プロフィール

片岡直子(かたおか・なおこ)

1961年生まれ、入間市出身。東京都立大学卒業。英国系製薬会社勤務の後、埼玉県と山形県の中学校国語科教諭を経て詩人・エッセイストに。第46回H氏賞受賞。詩集に『晩熟(おくて)』『曖昧母音』(いずれも思潮社)、『産後思春期症候群』『なにしてても』(いずれも書肆山田)他、エッセイ集に『ことしのなつやすみ』(港の人)、『おひさまのかぞえかた』(書肆山田)。朗読CD『かんじゃうからね』。青森県~山口県で詩の出前授業。詩とエッセイの講座を20年、各紙誌書評を16年間担当。2018年にラジオ放送局「FM NACK5」開局30周年「埼玉あなたの“街”自慢コンテスト」の川柳の選考をして以来、県内市町村パンフレットを眺めるのが愉しくなり、ほぼ持っています。



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