蟹江杏アトリエ日記vol.5 奇妙な絵画教室 #1

蟹江杏

あんずの花里物語

思わず微笑んでしまうリリカルな画風で大人気の蟹江杏の世界観を、作品とエッセイでお届けします。

「ハンプティ ダンプティ」
 

初めて絵を習いに行ったのは、
小学校四年生の春です。
一人で河原で遊んでいる時、土手沿いに風変わりな小さなお家を見つけました。
その日から私はこの家に取り憑かれたのでした。

そのお家の屋根の上には、
巨大な足の形の鉄のオブジェのようなものがデンと乗っていて、
塀は手焼きの陶器のタイルでできており、人の顔や動物の形が埋め込まれていました。

庭には今まで見たことのない異国風の植物が、沢山植えられています。
そこには別の世界からの風が、
吹いているように見えました。

葡萄の彫刻がほどこされた
小さな木作り門の前には、
錆だらけの看板に手書き風の文字で
「フローレンス美術教室」とあります。
私はこのお家がとても魅力的に感じました。

フローレンス美術教室という名前も、
駅前あたりのどの絵画教室よりもかっこよくきこえます。

今でしたら、壁に等身大の裸婦の像が
埋め込まれているようなお家に、一人で訪ねていくなんて、絶対しませんが、あの時の私は、どんな危ない事に巻き込まれてもこの家の中に入り、あわよくば「フローレンス美術教室」の生徒になりたいと野心を膨らませておりました。

ある日の午後、親にも秘密で、この憧れのお家を訪ねる決断をしました。
土手沿いをドキドキしながら歩き、
門の前で、備え付けてある歪な犬の形をした金属製の呼び鈴を思い切って鳴らしました。

チリンチリンと鳴らしても誰も返事はありません。
留守なら仕方ないか、と帰ろうとすると、庭にとめてあった軽トラックから、おじさんがおりてきました。

瞬間、私は彼の風貌をみてガッカリしました。
ベレー帽をあみだにかぶり、絵の具だらけの上着をきて、筆を持った髭のクルンとした人が現れるに違いないと思っていたのに、
彼ときたら、薄汚れたランニングに工事現場の作業着を引っ掛けて便所サンダルという出立ちだったのです。

お腹だけぽこんと出て、頬はこけ、
目はギョロリとして、
無精髭の口元の表情はあきらかに不機嫌そうです。
呼び鈴を鳴らしたことを、
心の底で大後悔しましたが、
時すでに遅く、おじさんは私に声をかけてきました。

「子どもが、僕に何か用?」
うあ、なんか無愛想でいやーな感じ。
でもここまできたら仕方ないし、
深呼吸して、看板を指差し、
外面だけ良い私はできる限りの笑顔でこたえました。

「あの、、フローレンス美術教室に
入りたいのですが、やってますか。
やってなければ帰ります。」
どうせなら廃業しててくれ、と天に願いました。

けれど、おじさんは私の質問に答えず
こう言いました。
「絵を習いたいの?だったら、
明日、お嬢ちゃんが描いた絵を持って、
もう一回ここにきなさい。
僕はこれから現場だから、じゃあね」
おじさんは軽トラックにさっさと乗ってどこかに行ってしまいました。

普通でしたら、これで、私が諦めて
終わりなはずのお話ですが、
私の性格ではそうはいきません。
クラスで一番絵が上手いと言われ、
公民館のエントランスにも絵が飾られたこの私が、
今、試されている、、、
威信にかけてこの挑戦を受け、
あの小汚いおっさんをギャフンといわせてやろうじゃないか。

家に帰ると早速、
絵の具セットを取り出して、
母が生けたガーベラを丹念に描きました。

次の日の午後。
私は描いた絵を丸めて片手に携え、
あの奇妙なお家に向かいました。
門のところまで行くと、呼び鈴を鳴らすまでもなく、
昨日と同じ格好のおじさんが軽トラックに乗り込むところでした。

「あの、、絵を持ってきました。」
力んでやってきた割には小さな声になったな、と我ながら思いつつ、絵を差し出しました。
すると、信じられない応えが返ってきたのです。

「えー、本当にきたの?
来ないかと思ったね。
美術教室は10年前に辞めてるんだよ。
でも、いいや、お嬢ちゃん、合格。
来週の日曜日の10時から授業ね。
僕これから現場だから、じゃあ」

え、、私の力作、チラ見しただけだし、、合格ってなんなの!?

私が唖然として返事もできないうちに、
おじさんの軽トラックはそのまま走り去ったのでした。

こうして私は、晴れて?フローレンス美術教室の生徒になったのです。

この風変わりなおじさん、
その後の私の絵描き人生に大きく影響を及ぼす事になるのですが、
実はいろんな意味ですごい人だと後にわかるのです。。。
長くなりそうなので、この続きは次回へと続く。

「ハンプティ ダンプティ」

タイトル:「ハンプティ ダンプティ」
サイズ:145×95mm
シート価格(税込):17,600円
額装価格(税込):23,000円

※別途、送料がかかります。
販売数量: 2枚限定
お届けの目安:約3カ月



蟹江杏コレクション

執筆者プロフィール

蟹江 杏(かにえ・あんず)

画家。東京生まれ、埼玉県飯能市の「自由の森学園」を卒業。「NPO法人3.11こども文庫」理事長。ロンドンにて版画を学ぶ。美術館や全国の有名百貨店など、国内外で多数の展覧会を開催。新宿区・練馬区・日野市をはじめ各地の都市型アートイベントにおいて、こどもアートプログラムのプロデュースを手掛ける。東日本大震災以降は、「NPO法人3.11こども文庫」理事長として、被災地の子ども達に絵本や画材を届けたり、福島県相馬市に絵本専門の文庫「にじ文庫」を設立するなどの活動を行う。また、2020年から「SDGs JAPAN」と連携し、アートやアーティストがどのようにSDGsに貢献できるかを、様々な分野のアーティストとともに模索、牽引していく。

https://www.atelieranz.jp

蟹江 杏


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