風の民の呟き

トカイナカから掘り起こした物語、眠っていた鉱脈、やっと出会えた人、
長い間のラプソディ。そんな宝物を折々に綴ります。
トカイナカからの贈り物──。

ソプラノ歌手 大附仁美さん
名器ベーゼンドルファーの色彩が音楽家たちと溶け合い、ときがわ町に響いた〝奇跡の一日〟

神山典士

 優れた音響で定評のある埼玉県ときがわ町のアスピアホールに、2022年3月12日、東京音楽大学大学院を修了直後のソプラノ歌手、大附仁美さんの朗々たる美声がこだました(写真)。

「You raise me up」~あなたの存在が私に力をくれるから、自分を超えてがんばれる。
 実はこの曲は約10年前、仁美さんが同町立都幾川中学校を卒業する直前に体育館で歌って大喝采を浴びた作品だった。

 今回は、大学院修了と同時にイタリア留学が決まった仁美さんの「壮行コンサート」。これを企画したときがわ町音楽ボランティア「ベーゼンドルファーの会」の持田雄一会長から、「あの歌をもう一度!」と熱烈リクエストがあった曲だ。

「仁美さんは息子の同級生で、私も中学校の体育館で彼女の歌声を聴いて鳥肌が立った。あの歌をぜひ町民のみなさんに聴いてほしかったんです」と持田氏は語る。

 伴奏したのは、東京音大准教授でピアニストの川上昌裕氏。演奏したピアノはもちろん、「ウィーンの至宝」と言われるベーゼンドルファー「275」だ。今回のコンサートが生まれてきたのは、全てはこのピアノと川上氏の出会いからだった。氏が語る。

「21年秋の辻井伸行君の演奏会で約10年ぶりに作家の神山典士さんと再会しました。そこでときがわ町にベーゼンドルファーがあると聞き、誘われたので弾いてみたいなと思ったのです」

 ピアニスト辻井伸行の師匠である川上氏には、拙書「ピアノはともだち〜辻井伸行の秘密」の取材執筆の折に大変お世話になった。2005年のショパンコンクール出場の折には、首都ワルシャワで何日間も行動を共にした。

 その川上先生との再会から21年11月の同ホールでの練習演奏会が生まれた。そこで同町の関係者は、川上氏のカプースチンの圧倒的な演奏に「衝撃」を受ける。さらに川上氏と仁美さんが同じ大学の師弟だったこともあり、この日のコンサートが生まれた。

「ならば町内と近隣の音楽家にも声をかけて」と、共演者にはときがわ町在住トランペッター織田準一氏、小川町在住チェリスト大塚幸穂氏、そしてもう一人のピアニストには川上氏の妻、ゆかり氏がそろった。

(左)川上氏の妻、ゆかりさん

小川町在住チェリスト大塚幸穂さん

ときがわ町在住トランペッター織田準一さん

 鶴ヶ島市出身、ときがわ町在住村田ゆみなさん
三人の子供の母。町内や各地で和太鼓ワークショップ展開中!

 披露されたのは、仁美さんの独唱「この道」「トゥーランドット」をはじめ、織田氏の「夜空のトランペット」、大塚氏のサン・サーンス「白鳥」、川上夫妻の連弾によるドビュッシー「海」など。集まった観客は大満足で、「町民割引2500円では安すぎる!」との声も聞かれたほどだ。

 この企画を誰よりも喜んでいたのはベーゼンを購入した当時の町長、関口定男氏だった。

「町民や子どもたちにいい音楽を聴いてもらいたい一心で購入し、ホールの音響を整備して毎年3回の調律をしてきました。こんな素晴らしい演奏が聴けて感激です」

 ベーゼンも仁美さんも居住する音楽家も全てはときがわ町の財産。そこによそ者の力が加味されて、新しい風が町に吹き抜ける。

 コンサート後、仁美さんは予定通りイタリアに飛び立った。数年後、「自分を超えて」がんばって鍛えあげた歌声が、再びこのホールに響くはずだ。

左からピアノ・川上昌裕、トランペット・織田準一、ソプラノ・大附仁美、ピアノ・川上ゆかり、チェロ・大塚幸穂(2022年3月12日、ときがわ町アスピアホール 撮影:北村崇)

執筆者プロフィール
神山典士(こうやま・のりお)

ノンフィクション作家、埼玉トカイナカ構想代表。1960年生まれ、埼玉県出身。入間市立豊岡小・豊岡中、埼玉県立川越高校卒業。ときがわ町トカイナカハウスでの生活を満喫中。美味しいうどんや野菜、懐かしき昭和テイストの温泉、移住者たちとの交流、あとは地元の皆さんとの交流を画策しています。著書に『成功する里山ビジネス ダウンシフトという選択』(角川新書)など多数。また、来春に『トカイナカ暮らしの流儀』(仮題)を上梓予定。

http://norio-kohyama.com/
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