移住の真相!〜なかなか表には出ないけど

全国でトカイナカムーヴメントが起きている。
移住マッチングサイトSMOUTでも上位に食い込む人気自治体岡山県真庭(まにわ)市。その面積が東京23区に匹敵する街に移住した若者の移住実感は──?

第2回 地方のひとが、「田舎の人は、ひとが良い」と言えるワケ。

甲田智之

「田舎は、ひとが良い」と、万人がそうじゃないというねじれ。

ある地方自治体の移住パンフを開く。
そこには60代ぐらいの優しそうな農家さんが、採れたてのトマトを抱えて微笑んでいる。となりに立つ奥さんも楽しそうに笑っている。
もうひとつ、べつの地方自治体の移住パンフも見る。そこにも、いかにも人の良さそうな男性がちょっとはにかみながら、牛小屋をバックに立っている。ひと目で、だれからも愛されそうとわかる──。

かかしも「人の良い」笑顔をしています

かかしも「ひとの良い」笑顔をしています

「田舎の人は、ひとが良い」

どの自治体も言います。かく言う岡山県真庭市在住の僕も「真庭の人たちは、ほんとにひとが良い」と言います。

先に言っておくと。もちろん、ひとが良い人ばかりではありません。 にんげんの集まりなのだから、とうぜんです。むりに背伸びをしようとは思いません。

なかには地域のことを押しつけて知らんぷり、という人もいます。上から目線で話す人もいます。ほんと、にんげんの集まりなのだから、とうぜんです。

けれど、やっぱり「田舎の人は、ひとが良い」と言います。

言っている本人は(僕も含めて)、嘘をついているわけではありません。移住してほしくて、「ひとが良い」とでっちあげているわけでもありません。本心から言っています。

にもかかわらず、どうしてそんな「ねじれ」が起こるのか。
その理由は、おもに「受け手」にあります。

田舎はよく、「人間関係の距離が近い」「人間関係が密で濃い」と言われます。
それは人の心に土足で入っていく、ということではなく、「人との接点が多い」という意味ではないか、と思います。

地方では人口が少ないため、あらゆるシーンで顔を合わせます。

さっきまで仕事の電話で、わりと真面目な話をしていたのに、その数時間後にはこども園で「パパ~」と呼ばれているのを見かけます。休日には一緒に、河原の草刈りもします。

もちろんその人のお父さんのことも知っています。お母さんのことも知っています。いとこのことも、おばあちゃんのことも知っています。
ふらりと地域の食堂に入ったら、その人とはち合わせて「よぉ会うなぁ」なんて言いながら、一緒にお昼ごはんを食べます。

そういうことがたくさんあるのです。

たまたま通りかかった畑で、休憩していた農家さんとちょっと立ち話。その後、行きつけの薬局で出会って、数日後の飲み会でもまた一緒になります。
豪快などんちゃん騒ぎをしていたのに、後日地方のローカルテレビのコーナーで紹介されていて、ちょっと恥ずかしそうな表情を目撃したりします。

地方では、とにかくよく顔を合わせます。
病院の待合室や、いつも行くスーパーや商店、役所、仕事でちょっと出かけた先など、仕事もプライベートも関係ありません。クルマですれ違うときも、みんな「人の車種、ナンバープレート」をよく覚えていて、手をあげて挨拶をかわします。(僕もだいぶ地域の方々の車種、ナンバープレートを覚えました)

つまり、「いろんなシーンのその人」に会うことができるわけです。
地元出身者同士なら、なおのこと。70代の方同士でも、「たかみっちゃん!」「としちゃん!」とあだ名で呼び合うほど、幼少期からずっと一緒。奥さんと同じぐらい(もしくはそれ以上に)相手のことを多面的に知っていたりします。

ほんとうに地方では、相手の「背景」を知る機会がたくさんあるのです。

焚火

地域の方と火を囲むこともしばしばです

「ひとが良い」と言える理由は、地方の感情移入論?

大阪に住んでいたときは、そんなことを思いもしませんでした。
電車に乗って会社のある都心部へ出れば、もう地元の友だちと会うことはありません。人は多いけれど、知り合いなんていません。
会社にプライベートを持ち込むこともほとんどなく、仕事が終わればそれまで。飲みニケーションが唯一、仕事とプライベートを結びつけるものだったかもしれないけれど、その人の多面的な「背景」まではわかりません。

都会では、仕事は仕事、友だちは友だち、とハッキリ線引きされていたように思います。
しかし、真庭に移住してからはそういう線引きがなくなり、仕事もプライベートも、すべての境界が溶け合っています。飲みニケーションも必要ないぐらい、さまざまなシーンで顔を合わせます。仕事でも会う、休日にも会う、地域行事でも会う、しかもたどれば遠い親戚関係。子ども同士も知っている、おばあちゃんの生家まで知っている。そういう繋がりが、地方にはそこかしこにあるのです。

その結果、なにが起こるのか。
とても感情移入できるようになります。

働きぶりだけではなく、子どもとの関係、友だちとの関わり。その人のいろんな面が見えて、おこがましいかもしれないけど、ほんとうに感情移入できる瞬間がおとずれるのです。しかも、地方はゆっくりと時間が流れていて、人数がそこまで多くないため、ひとりひとりにたっぷり関わることができます。ますます、感情移入が深くなっていくのです。

僕はこれを「地方の感情移入論」と呼んでいます。

気持ちが寄るから、自然とその人のことを好ましく思っていくわけです。一般的な「ひとが良い」というタイプではなくても、その人の背景、子どもの顔とか両親の顔が浮かんで、「こういう良いところもあるからなぁ」と気持ちが寄っていくのです。

もちろん気持ちが寄り過ぎて、「裏切られた!」と思うこともあるけれど、それもやがて「やっぱり魅力的な人がらだよなぁ」に変わり、なんだかんだと言って「あの人は、ひとが良い」という結論に至ります。

僕たちが「田舎の人は、ひとが良い」と言うのは、そういう理由があるからではないか、と思います。

執筆者プロフィール

甲田智之(こうだ・ともゆき)

1984年生まれ。大阪府出身。京都精華大学卒業。一般企業の営業職を経て、ライター・編集者として独立。2016年に岡山県真庭市へ移住。元真庭市地域おこし協力隊。現在、広告代理店の株式会社はこらぼ取締役、地域づくりの一般社団法人コミュニティデザイン理事として、ローカルメディアや高校教育、コミュニティ創出に携わっている。また作家として小説の執筆、一般書籍や雑誌の編集、自分史の代筆などもしている。著書に『中村文昭という生き方 出会いを通して自分に出会う!!』(ごま書房新社)、原作付きノベライズ『レイワ怪談』シリーズ(学研プラス)などがある。

甲田智之

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