移住の真相!〜なかなか表には出ないけど

全国でトカイナカムーヴメントが起きている。
移住マッチングサイトSMOUTでも上位に食い込む人気自治体岡山県真庭市。その面積が東京23区に匹敵する街に移住した若者の移住実感は──?

第3回 田舎はのんびりした暮らしができるって、ほんと?

甲田智之

脱線していく話と、何本目かの缶コーヒー

夕暮れどきのあぜ道を、おばあちゃんがひとり、ゆっくりと歩いていました。まわりには何もなく、田起こししたばかりの黒っぽい田んぼがどこまでも広がっています。

岡山の県北、真庭市に移住してまもなく、そんな光景をよく目にしました。おばあちゃんのゆっくりとした足どりを車から眺めながら、「やっぱり田舎はのんびりしてるなあ」と思ったものです。

真庭市「古見駅」からの穏やかな風景

つい先日まで、目まぐるしい大阪心斎橋の雑踏のなかに立っていたのが嘘のようでした。

「田舎って、やっぱりのんびりした暮らしができるの?」
移住してから、大阪の友だちに少なからず訊かれます。

そのたびに、自問します。
田舎って、のんびりした暮らしができるのだろうか?
移住者である僕は、のんびりした暮らしをしているのだろうか?

移住してすぐ、ライターという仕事がら、地元の方々にお話を聞く機会が多くありました。たとえば「特産品」のことや、「地域の魅力」について。いわゆる取材です。

その取材がとてもゆったりしているのです。時間どおりの1時間で終わることなんてありません。「まあまあ」と2本目の缶コーヒーが出てきて、話はすっかり脱線しています。

「その話なら、やすしくんにも訊いてみねぇ(訊いてごらん)。これから呼んであげるけぇ」
電話してしばらくすると、予定になかったやすしさんが「よぉ。何の取材なら?」と言いながら加わって、また話に花が咲きます。

取材が終わるころには、何本目かの缶コーヒーで僕のお腹はたぷたぷです。外はすっかり日暮れごろ。取材のスケジュールがまったく立たなくて驚きました。

でも、追い立てられる雰囲気がないのです。

せかせかと行き交う人たちも、ストレスフルな車の渋滞も、町全体が放つ騒音もありません。目に映るものは、流れていく雲とみずみずしさを湛えた山々、軽トラ、そしてあぜ道をゆっくりと歩くおばあちゃんです。

21時ぐらいになると、あたりは真っ暗。深い夜を感じます。町全体が眠っているようです。明かりを放つものは、ぽつんとあるコンビニか、夜空に浮かぶ満天の星ぐらいです。

「いいなあ。のんびりしているなあ」
ここは、ゆっくりと時間が流れています。
移住してからというもの、僕は真庭でののんびりした暮らしを満喫していました。

田舎ののんびりした雰囲気は、魔物なのかもしれない

ただ、あるとき気づきました。
「……あれ。仕事が遅れてる?」

いつのまにか、仕事に追われることが増えてきたのです。立ち話が多くて、ちょっとずつ時間が押していたことには気づいていたのですが、それ以上に追われています。子どもたちが寝静まったあと、深夜に仕事をするということが増えてきました。

おかしいな。いぶかしく思った僕はあらためて「自分のやるべき仕事」に目を向けました。ひとつずつ、自分のやるべき仕事を書き出していきます。

そして、ある事実に愕然としました。「仕事」という枠におさまらない、見えざるものの存在があったのです。

・ねずみたちが齧った漆の実の掃除
・友だちがDIYしている古民家のお手伝い
・近くを流れている河川の草刈り
・いただくための玄米をとりに行く

などなど。仕事でもない、家族のことともちょっと違う。そのひとつひとつが、気づかないうちに少しずつ仕事の時間を押し出していたのです。

地方では、1人2役~3役は当たり前。僕も令和3年度、4年度と自治会の神社総代をしています。神社のお祭りがあるたび、自治会内の一軒一軒を集金してまわったり、御札や人形(ひとがた)を配ったり。令和3年の年越しは神社総代として礼服を着て、地域の神社で迎えました。

神社の神事「茅の輪(ちのわ)くぐり」の茅の輪をつくっているところ

地方には、なかなかオモテには見えてこない「やるべきこと」がたくさんあります。
そのことに気づいたから、僕はなんとかいま、「のんびりした暮らし」を取り戻すことができました……なんてことはありません。

移住して気づいたのですが、「田舎ののんびりした雰囲気」は魔物です。
まるでコタツです。とても心地よく、やる気スイッチがどこかに流されていきます。都会からの移住者は、この「のんびりした雰囲気」を愛でながら、同時に戦わなければなりません。

のんびりした雰囲気にかまけてしまうと、見えない「やるべきこと」に侵食されて、いつのまにか都会と変わらない目まぐるしさを覚えることになります。

田舎は、のんびりしています。
ゆっくりと時間が流れていて、追い立てられることもありません。

ただ、それが「のんびりした暮らし」を失う一番の要因になっていると思います。いま、僕はのんびりした雰囲気にかまけて、のんびりした暮らしができていません。

執筆者プロフィール

甲田智之(こうだ・ともゆき)

1984年生まれ。大阪府出身。京都精華大学卒業。一般企業の営業職を経て、ライター・編集者として独立。2016年に岡山県真庭市へ移住。元真庭市地域おこし協力隊。現在、広告代理店の株式会社はこらぼ取締役、地域づくりの一般社団法人コミュニティデザイン理事として、ローカルメディアや高校教育、コミュニティ創出に携わっている。また作家として小説の執筆、一般書籍や雑誌の編集、自分史の代筆などもしている。著書に『中村文昭という生き方 出会いを通して自分に出会う!!』(ごま書房新社)、原作付きノベライズ『レイワ怪談』シリーズ(学研プラス)などがある。

甲田智之

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