移住の真相!〜なかなか表には出ないけど

全国でトカイナカムーヴメントが起きている。
移住マッチングサイトSMOUTでも上位に食い込む人気自治体岡山県真庭(まにわ)市。その面積が東京23区に匹敵する街に移住した若者の移住実感は──?

第4回 地方のしきたりや慣習って、実際どうなの?

甲田智之

まずは、6万8千円の身銭を切るところから。

移住して3カ月が経ったぐらい、僕はひとり「洋服の青山」にいました。わざわざクルマで40分ぐらいかけて訪れたものの、店内をうろうろするばかり。

「どうしようかな」

たしか礼服一式、6万8千円。それを前に、とても悩んでいたのです。僕にとってかなりの金額。しかも予想外の出費です。

「……でも、買うしかないよな」

あるとき、地域の方が教えてくれたのです。
「地域の神事には、礼服が必須じゃけえ」
礼服に馴染みのなかった僕は、首をかしげました。
「礼服って、スーツですか?」
「何を言うとるんなら。スーツじゃのうて、礼服じゃがな」

とにかく思い切って購入。6万8千円は痛手でしたが、でも本当に買ってよかったです。そのときはまだ、まさかこんなにも礼服を着ることになるなんて、思いもしませんでした。

地方は、礼服を着る機会がたくさんあります。それはすなわち、しきたりや慣習が思いのほかある、ということです。

「そういうのって、メンドーじゃない?」
田舎を知らない地元大阪の友だちからよく言われます。
「う~ん、どうだろう。メンドーとはちょっと違うんだよな」

大変は、大変です。
でも同時に、「誇らしさ」もあります。神事のとき、お勤めとして礼服を着て、地域を練り歩いていると、「地元の歴史と文化の一端を担っている」という自覚が芽生えて、少し誇らしくなるのです。

これは大阪のマンションでは感じたことのない感覚でした。実際に、地域の方々からも「お疲れさま」と一目置かれるようになります。

神事に携わっている神社で、七五三もしてもらいました

地域のしきたりや慣習は、粗相との戦い。

じゃあ、いいじゃないか、と言われると、そうでもないのです。

しきたりや慣習に対して、僕がぼんやりと抱いているのは、「怖い」に近い。これまで生きてきた常識では測れない、わからない、という怖さです。

また、言う人によってちょっとだけニュアンスが違うのも、怖いです。どうすればいいのか、よけいにわからなくなって、身動きが取れなくなってしまいます。

礼服を着て迎えた、はじめての神事。10月の「秋の大祭」。神社の境内につくと、屈強なオトコたち30名以上が神輿衣装に着替えています。普段見かけない人もいたので、きっとこの時に合わせて帰省していたんだと思います。

しかし、僕の役(やく:役割のこと)は、神輿ではありません。
これから僕は、何をするのだろう。見れば、社務所の前に僕と同じ礼服姿の人たちが20名ぐらいわらわらしています。僕が一番年下に見えました。

知り合いもほとんどおらず、緊張と恐怖心でおどおどしていると、「じゃあ、クジを引いて」といきなり箱が出てきました。取りだした紙切れには、「台」と書いてありました。

「……台?」
何のことだか、わかりません。
「台ね。はいじゃあ、これ持って」
そうして木製の台を渡されました。食卓にある椅子ぐらいの大きさで、木製なのでかなり重そうです。

「……あの、これは?」
「台。太鼓の台」
「太鼓?」
「ほら、あれじゃが」

見ると、本殿の前に、やや大きめの和太鼓が置いてあります。何に使う太鼓なのか、見当もつきません。ぼんやりとしていると、鳥居の向こうから呼ばれました。

「おい、台。はやく、こっちこっち!」
「はい!」

言われるまま、礼服姿に太鼓の台を担いで駆けていきます。ほかの礼服を着た人たちも、それぞれ何かしらを持っています。後ろを振り返ると、さっきの和太鼓も礼服姿の2人が担いでいました。

少しずつ内容がわかってきました。
どうやら神輿の少し前を僕たちが歩き、神輿の止まるポイントごとに先まわり。そこに太鼓の台を置き、さらに和太鼓を設置して神輿を待つ。神輿が到着すると、その和太鼓を叩く。それをくり返していく。

ただ、神輿の動きが読めません。近くの人に尋ねても、人によって言うことが違って、バラバラしています。

「おい、台。こっちだって!」
「はやく。もう和太鼓来てるぞ」

急かされるたび、ドキッとします。革靴で、太鼓の台を担いで、町並みをあっちに行ったりこっちに行ったり。へとへとです。

でも神事だから粗相があってはいけません。移住者だからと言って、神事を前に甘くは見てもらえません。最初から最後まで、どうすればいいのかさぐりさぐり。とにかく「粗相があってはいけない」という恐怖心だけで動いていました。

地域によって、しきたりや慣習は少しずつ違うと思います。だから「これまではこうしてきたから」が通用しません。そのため経験値がなくて、とても怖いです。神事の場合はとくに、粗相があってはいけないと思うので、よけいに怖いです。

でも、携わることで、はじめて1時間も経てば「地元の歴史と文化の一端を担っている」という誇らしさが芽生えてきます。そしてそれは、その地域において、強烈な経験値になります。だから、メンドーとか大変とか、そういう言葉では語れない魅力があるのです。

ちなみに、それから礼服はというと、「葬儀」で存在感を放っています。頻繁に葬儀があるため、奥にしまい込むということがありません。すぐ取り出せるよう、いつも着る服と並んでハンガーにかかっています。そのとなりには、葬儀用の黒のネクタイと神事用の白のネクタイ。田舎あるあるだと思います。

執筆者プロフィール

甲田智之(こうだ・ともゆき)

1984年生まれ。大阪府出身。京都精華大学卒業。一般企業の営業職を経て、ライター・編集者として独立。2016年に岡山県真庭市へ移住。元真庭市地域おこし協力隊。現在、広告代理店の株式会社はこらぼ取締役、地域づくりの一般社団法人コミュニティデザイン理事として、ローカルメディアや高校教育、コミュニティ創出に携わっている。また作家として小説の執筆、一般書籍や雑誌の編集、自分史の代筆などもしている。著書に『中村文昭という生き方 出会いを通して自分に出会う!!』(ごま書房新社)、原作付きノベライズ『レイワ怪談』シリーズ(学研プラス)などがある。

甲田智之

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