人類が言葉を持つ以前の状態を「ピュシス」と呼ぶらしい。言葉を持った人類は何が変わったのか? 言葉は人生の感情を全て言い表せるのか? はたまた仮そめの記号なのか?
「H氏賞」受賞詩人が紡ぐ言葉世界を、トカイナカの風に吹かれながら……。
気がつくと ~武甲山&総開帳~
秩父音頭を踊れたよ コラショッ って不思議だね
小学校六年生 運動会以来だったのに その年の夏 木曜日
武甲山へも登った 平地のかけっこ 好きだった私を見て
山好きの父が 家族を連れて
ランもバイクも 縦方向 角度が付くと今も 少し苦手
その頃は 一三三六m 一人だけ高山病? のよう 木のベンチ
父が背負って 下った 今は想像のなかの 山頂
二〇一四年 「甲午歳総開帳 六〇年に一度」 誘い文句
ラスト四〇日というところ 国道二九九号で二回 西武秩父線で二回
二回はひとり 二回は碧村さんと 横瀬から小鹿野 皆野まで三十四ヶ所
そんなこと してみようと 思ったこと なかったのに
一番 四萬部寺 四番 金昌寺 二〇番 岩之上堂 本堂の裏の木目
チョコレート 次の寺へ向かう道々 廃屋や 枯れた草木の中 鮮やかな花
「しょっぷ」という食事処の街灯 人より植物 しっとりした境内 通うほど
好きになる 黒門通りや 買継商通り ご本尊と お手綱で結ばれ
三十二番 法性寺 三十四番 水潜寺 結願(けちがん)って
ふと 気がつくと私は秩父で ぽつんとしている よそ者なのに 包まれて
父と登った山が 見下ろして 女の人たちが 話しかけてくる あの後
家族旅行は お正月のサマーランド 夏は 伊豆の保養所や 大磯へ
白川橋 ようばけ ジオパーク 足がすくんで 声が漏れる
ハワイから来たという武甲山 秩父の海岸に私は立って 秩父往還も
熊谷 川越 吾野通り ずっと 秩父はヒーローで 下影森の辺り
新しい家 陽をいっぱい浴びている 札所だって お隣りさま
懐かしく 思い出していた 総開帳 次の午歳の方が
近くなる 今度は百キロを徒歩 っていうのも ありなのかな
丑歳の今年 野坂寺の 山門の大牛を観に行こう 大野原
ひらい 蕎麦屋さんの はなれも 開いて
「まだ先は長い」 ©しっぽ
片岡直子(かたおか・なおこ)
1961年生まれ、入間市出身。東京都立大学卒業。英国系製薬会社勤務の後、埼玉県と山形県の中学校国語科教諭を経て詩人・エッセイストに。第46回H氏賞受賞。詩集に『晩熟(おくて)』『曖昧母音』(いずれも思潮社)、『産後思春期症候群』『なにしてても』(いずれも書肆山田)他、エッセイ集に『ことしのなつやすみ』(港の人)、『おひさまのかぞえかた』(書肆山田)。朗読CD『かんじゃうからね』。青森県~山口県で詩の出前授業。詩とエッセイの講座を20年、各紙誌書評を16年間担当。2018年にラジオ放送局「FM NACK5」開局30周年「埼玉あなたの“街”自慢コンテスト」の川柳の選考をして以来、県内市町村パンフレットを眺めるのが愉しくなり、ほぼ持っています。