いないようでいてくれる

人類が言葉を持つ以前の状態を「ピュシス」と呼ぶらしい。言葉を持った人類は何が変わったのか? 言葉は人生の感情を全て言い表せるのか? はたまた仮そめの記号なのか?
「H氏賞」受賞詩人が紡ぐ言葉世界を、トカイナカの風に吹かれながら……。

第二十一回 それ以外の 何かに 気がつく

片岡直子 詩・ポエトリー

 

名栗川の浮き輪 バレエとピアノの発表会 伊豆ヶ岳のくさり場 棒ノ折山
最初の器を買った店 弟妹と母と丸広デパート 妹が生まれてくるのを
待つ間  父に手を引かれて 天覧山  そして 私自身も

鍵山の 池袋線の斜面 高木の蔓をほどいて ターザン遊び そんな私たち
最初にほっとする街は どこより飯能ではないかしら 信仰の道 グリーンライン
大学の頃は 自転車で 登っていた  その頃 住んでいたのが 横浜
グリーンラインの終点  日吉だったのは  少し 不思議

滝の入のタブノキ 森に入ると 一人になる 目立つモノの無いのが 魅力
でも メッツァ OH!!! ノーラ名栗  生れた街のこと 知ってくれる人が 増え
数年前の街川柳 飯能の作品に 反応する選考委員は いなかった

昭和の若い頃 飯能で盛んだった 文学の集まり 伯父が来ていたお陰で 母と知り合い
伯母と結婚を 「文學界」に詩が載ると 気づいてくれた 父方の祖父の俳号=ゴドウさん
筆と短冊と 伯父や祖父には 一層 大事な街  天覧山から見下ろすと 西武産院の
あった辺り 大きな病院  私を取り上げて下さった  新米の 先生は?

今年の甲子園 県大会  南高校と飯能高校の合併の話  新校は
飯能高校の敷地 昼に仕事 夜に授業の合間 父は飯能の裏山を駆け上がる
高校生が そう表現する山は?  谷津田が再生されている 多峯主山への道
この手近な山も フィールドの最初の一つかも  午前中 日高市 横手台
グラウンドから登ったら 帰りは十二分で降りてきた 「おお ブレネリ」
山頂付近には平日も お年寄りが ハイキングに訪れて 思いのほか
360度  風景の拡がりに  ヤッホー  ホゥトゥラララ

川があれば対岸があり 県道より曲がる細道 ゆるゆる走る 原市場のスタンド
車検屋になっていて 峠へ向かう道  もう スタンドは無い  名郷から引き返す
この前 辿り着けなかった八坂神社 他の街のナンバーの三人 先に お参りをしていて
皆さんが 終えられて  鳥居をくぐり 階段を上る  ご神体はお社の裏の巨岩
手を触れて 自己紹介 願い事 お賽銭をした人は お札を お持ちください

やみくもに走ると 飯能市は終わらない 県で 三番目の広さ 名栗川橋
なぐりづえ  無数にある ひと筆書き  背景にもなれる 母の街


「変わらないもの」©しっぽ

執筆者プロフィール

片岡直子(かたおか・なおこ)

1961年生まれ、入間市出身。東京都立大学卒業。英国系製薬会社勤務の後、埼玉県と山形県の中学校国語科教諭を経て詩人・エッセイストに。第46回H氏賞受賞。詩集に『晩熟(おくて)』『曖昧母音』(いずれも思潮社)、『産後思春期症候群』『なにしてても』(いずれも書肆山田)他、エッセイ集に『ことしのなつやすみ』(港の人)、『おひさまのかぞえかた』(書肆山田)。朗読CD『かんじゃうからね』。青森県~山口県で詩の出前授業。詩とエッセイの講座を20年、各紙誌書評を16年間担当。2018年にラジオ放送局「FM NACK5」開局30周年「埼玉あなたの“街”自慢コンテスト」の川柳の選考をして以来、県内市町村パンフレットを眺めるのが愉しくなり、ほぼ持っています。


投稿順 新着順