第六回 地図を拡げて ~ 過去と郊外 ~

いないようでいてくれる

人類が言葉を持つ以前の状態を「ピュシス」と呼ぶらしい。言葉を持った人類は何が変わったのか? 言葉は人生の感情を全て言い表せるのか? はたまた仮そめの記号なのか?
「H氏賞」受賞詩人が紡ぐ言葉世界を、トカイナカの風に吹かれながら……。

 

地図を拡げて ~  過去と郊外  ~


男子高校 交換会 帰り道 ローファーの音
吸い込まれる ひっそりした街  蔦の絡まる 木造二階建て
右へ曲がる階段 何回か上った 私設図書館  本川越 円を描く石段
木枠の改札 駅員さん 定期入れ 伝言板 謙受堂も 近く
パーラーいずみ ササキ文具 校門前には 中華の萬里

高校を出て 日吉に住む頃 通りは整えられ
肌が 記憶する  音の無い 川越  一人でも友人とも
歩き尽くし 今は人混みが 少し 苦手  仲町 観光案内所
レインボーおでかけマップ 残りわずか 年輩の男性
さっと出して下さった 郊外の地図 お隣の市町
凹凸で 結ばれて

大田街道 御伊勢塚公園 樹々に逢う 下小坂 赤欅+青欅 
川沿いから堤防へ 排水樋管  飛び飛びの鹿飼 追って神明社
田面沢 安生老 気持ちが戻らなく とよだほん こづつみ うわど
宿粒 志垂 あいな すな 時の地層 誰もいない 三変稲荷神社古墳
地理院地図を 廻るよう 外へ 底へ  知らない街が 現れる

星の名前の寺 いくつも 上品に水の流れる 長屋門 墓参の女性
少し離れると 荒れ寺もあり カラスの声 降ってくる  伊佐沼の西
工業団地 芳野台も 県北や東へ 向かう時 広い川越 走り抜け 
郊外の家々 風通し佳く 過ごせる理由 なんとなく
配置と分類 それが全て ではないにしても

入間川+荒川 背割堤 渡し船 白鳥一号 ゴルフウェアの人
運んでゆく  三六〇度 水田の道  久下戸跨線橋  十七時の寺
お孫さんと住職夫妻 憩う普段着  スニーカー 散歩道の森 
夕方の 木漏れ日  心の白地図 染めながら


「どこか遠く」©しっぽ

執筆者プロフィール

片岡直子(かたおか・なおこ)

1961年生まれ、入間市出身。東京都立大学卒業。英国系製薬会社勤務の後、埼玉県と山形県の中学校国語科教諭を経て詩人・エッセイストに。第46回H氏賞受賞。詩集に『晩熟(おくて)』『曖昧母音』(いずれも思潮社)、『産後思春期症候群』『なにしてても』(いずれも書肆山田)他、エッセイ集に『ことしのなつやすみ』(港の人)、『おひさまのかぞえかた』(書肆山田)。朗読CD『かんじゃうからね』。青森県~山口県で詩の出前授業。詩とエッセイの講座を20年、各紙誌書評を16年間担当。2018年にラジオ放送局「FM NACK5」開局30周年「埼玉あなたの“街”自慢コンテスト」の川柳の選考をして以来、県内市町村パンフレットを眺めるのが愉しくなり、ほぼ持っています。

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