東京から90分という距離にありながら、自然豊かな埼玉県比企郡ときがわ町には自ら仕事を創りたいと考える若者たちが集まってくる。そんな町の「人」と「仕事」を巡る物語―—。
文=風間崇志
ときがわ町の主要幹線道路である県道172号の田中交差点近くで、セブン-イレブンを営む株式会社レイキモッキ代表取締役の岡野正一さん。従来の店舗営業に加えて、3年前からは移動販売も手がけている。どのような想いで地域での「しごと」づくりに取り組んでいるのかに迫った。
◇ ◇ ◇
地域に安心して働ける場を
岡野さんは、実は寺十吾(じつなしさとる)氏主宰の劇団「tsumazuki no ishi」と、芸能事務所「サムライプロモーション」に所属し、役者や演出助手としての顔も持つ。2013年に東京から実家のあるときがわ町に戻り、コンビニエンスストアを始めてからも、オーディションを受けるために週に1、2回は東京に通っていた時期もあった。関わってきた作品数は、舞台と映像などを合わせて100本以上に及ぶ。だが高校時代から30年近く続けてきた芝居関係の仕事は、ここ2年はまったく手がけていない。その理由はなんだったのだろうか。
「一番大きかったのは、貧困やネグレクトといった自分にはどうしようもない状況で弱い立場に陥っている子がこんな小さな町にもいるという現実を知ったことでした。小売はお客様があってこそ成り立つ仕事です。子どものいる家庭も含めて、地域の人が安定した状態で安心した生活を送っていないと、僕たちも共倒れしてしまう。地域の人が精神的にも物質的にも安定して生活できていれば、自分たちも安定して生活することができます。だから自分たちの仕事を通じて、そういう地域にしていこうと思ったんです」
「セブン-イレブン ときがわ町田中店」を営む岡野正一さん
まず始めたのは安心して働ける場づくりだ。現在、岡野さんの店では25人ほどが働いている。社員が3人いるほかはパートとアルバイトで、大学生と高校生のアルバイトが全体の半数を占める。仕事は地域の存続のために欠かせない要素であり、人口約1万人の町にとって働く場所があるという意義は大きい。
「『自分たちに関わるとおもしろいよ』と、働く人にとって価値のある場にしていきたい」と岡野さんは語る。モットーは「とことん面倒を見る」。アルバイトに来ている子からは、就職や家族のことなどプライベートな相談を受けることもある。プライベートな問題だけにうまくいかないことも多いが、少しずつ手応えが得られるようになってきたという。
「以前、学校には行っていないけど、アルバイトには来るという子がいました。知人の先生から相談があって、学校や行政と連携して民間の立場でその子を応援し続けました。その結果、無事に学校を卒業し、就職することができたことにすごく勇気をもらいましたね。周りにいる『いろんな人たちみんなで支える』ということの重要性に気づくことができたんです」
人によって抱えている悩みは異なる。だからこそ自分だけで対処するのではなく、周囲にいるいろいろな関係者と連携をとりながら、相手との適切な人間関係をつくることが重要だという。それはとても難しいことのように思える。「本当に難しいですね。でもそこがおもしろいんですよ」と岡野さんは笑った。
移動販売で生活を支援
次に始めたのが、安心して暮らせる場づくり。岡野さんが今もっとも力を入れているのが移動販売だ。
「コンビニは便利だけど、何でもはできない。でも、できることはやる。そういう僕の考えが一番表れているのが移動販売です。すごくやりがいを感じていて、中小企業診断士の先生に、『移動販売をやりたいがためのコンビニ事業なんでしょうね』と言われたほどです(笑)」
岡野さんの家は酒屋やうどん屋など、代々この地で商いを営んできた。コンビニ事業を始めたのは2013年頃
移動販売サービス「セブンあんしんお届け便」を始めたのは3年前。自宅の前に移動販売車がやって来て、顧客はそこで好きな商品を選んで買うという仕組みだ。また、定期的に注文を受けているお弁当の配達も行っている。
地道に販売を続けてきた結果、顧客の数は順調に増加し、売上も1年で倍、2年目にはさらにその倍に成長している。現在は100人程度が利用しているが、その大半が口コミによるものだというから、信頼と期待の高さがうかがえる。顧客の住んでいる場所ごとに、旧都幾川村エリアを西平地区、大野地区などの4つのルートに分け、1日に1ルートで30軒ほどを回っている。利用者は月に延べ600~700人ほどにのぼるという。
だが、実現までの道のりは決して平坦ではなかった。顧客の開拓はもちろん、ルートの設定や販売方式の検討、人員の配置、セブンイ-レブン本部との折衝など、いくつものハードルを乗り越えなければならなかった。中でも一番大きなハードルは本部の担当者に移動販売車の必要性を理解してもらうことだったという。
「移動販売車は人件費がかかるので、稼働すればするほど赤字というのが現状なんです」と岡野さんが語るように、収益だけを目的にするのであれば本部にとってはやる意味がない。赤字が拡大すると店舗の利益が圧迫され、移動販売事業の継続性はおろか、店舗経営そのものが危ぶまれてしまうからだ。そのため移動販売車は社会貢献事業としての側面が大きいといえる。
だが、お店が少ない地域の住民にとっては必要なサービスだ。移動販売事業を継続させるためには社会貢献性と収益性のバランスをとり、継続可能な状態をつくっていく必要がある。
それが示せてこそ初めて「必要性がある」といえると考えた岡野さんは、顧客の存在や走行ルート、人員の配置などの計画を練り、近隣地域を担当する地区マネージャーや県単位のより広範なエリアを担当するゾーンマネージャーの説得を続けた。そしてついにその努力が実り、本部担当者が現地を訪れたことが決め手となり、実現するに至ったのだ。事業の考案から実現までには、実に3年ほどの年月がかかったという。
移動販売車にはおにぎりやパン、卵、乳製品、加工食品など豊富な商品が揃う
地域のインフラになる
また、人件費以外の課題もある。顧客の購買データや配送ルートはデジタル化されておらず、スタッフ個人の知識と経験に頼っているため、これを今後どう活かすかということや、高齢な顧客も多いため急病や事故に遭遇した場合の対応などだ。
それでも岡野さんは、「移動販売は、地域のためにはやらなければいけない事業」と断言する。
「お店の利用者が平日は1日800人、休日は1000人であるのに比べると、移動販売の月600人というのは決して多くはありません。ただ、お客様は高齢な方が多いので、人口1万人というときがわ町の人口からすると、月に600人のお客様と接触しているのは大きな数字だと思っています。たとえば買い物弱者対策や役場の福祉サービスも補完できるのではないかと思います」
岡野さんが見据えているのは、「地域の日常生活におけるインフラ」づくりだ。
「災害時に食料や日用品の供給が求められるなど、コンビニはインフラとしての役割が期待されています。ただ、田舎では非常時だけでなく日常生活を支える高いレベルが要求される。それだけの覚悟が必要です。僕たちがやっているのは、『たえず開いていて、たえず物があって人に安心感を与える仕事』なんです」
地域の身近なお客さんが多い小さな町だからこそ、地域の「インフラ」に期待される役割は大きい。確かにフランチャイズによる運営であることを考えると、地域の外に流れているお金が少なからずあるということは事実だ。それは岡野さん自身も自覚していることである。それでも普段の買い物に困っている人たちに品物を届けられる流通を確保できたことや、働く場所を生み出したということにおいては、地域で果たしている役割は大きいといえる。
「何でもはできない。でも、できることはやります。フランチャイズという大きな枠組みに乗りつつも、地域の店舗としてどのような特色を出していけるかは経営者しだい」
これまでに築いた顧客とのネットワークを武器に、地域にとっての最適解を追求していく考えだ。地域に安心を提供するため、今日も岡野さんは店を開き続け、お客さんの家々を回り続けている。
執筆者プロフィール
風間崇志(かざま・たかし)
1981年生まれ、埼玉県草加市出身。妻、一姫二太郎の4人家族。2006年、まちづくりを志し、越谷市役所に入庁。18年に比企起業塾の第2期を受講し、20年に個人事業主として起業。屋号は「まなびしごとLAB」。埼玉県比企郡や坂戸市を中心に、行政や中小企業のお助けマンとして、企業支援や地域活性化、地域教育、関係人口づくり、ローカルメディアづくりなどに取り組む。共著に『地域でしごと まちづくり試論 ときがわカンパニー物語』(まつやま書房)がある。
:https://www.manabi-shigotolab.com/