トカイナカは「都か否か」立川談慶

落語家稼業の傍ら、本を書くことも生業とし、20冊以上の著書がある「本書く派」の落語立川流真打ち、立川談慶師匠。都会と田舎との接点にユートピアを見つけようという「トカイナカ」の考え方に深く共鳴している談慶師匠のおしゃべり都か田舎。

第2回 「了見」という言葉

立川談慶

恥ずかしさをわきまえる感受性はあるか

 談志は、いわゆる「田舎者」というものを唾棄していました。ここで談志が嫌う田舎者とは、もちろん、出身地や住んでいる地域のことではありません。「了見」のことです。

 あ、「了見」という言葉から説明しなければなりませんよね。了見とは、落語や落語家界隈ではとてもよく出てくる言葉です。

 価値観、ポリシー、考え方、行動様式、人間性などこれらすべての言葉を包括するほどの言葉が「了見」という言葉です。この言葉を知っておくと落語がとても分かりやすくなります。

 そんなわけで談志が苦手だった「田舎者の了見」とはどんなものなのでしょうか?

 わかりやすく言うと、「こちらが恥ずかしくなるような傍若無人な言動」のことを指します。要するに「恥ずかしさをわきまえる感受性があるかどうか」をとても大切にしていたのが談志だったのです。

 修業生活にも一番問われた点がそこでした。師匠に呼びつけられて、汗まみれになって応対をしたり、重い荷物を無理して持ったりするなどのことをとても嫌がりました。常に周囲の目を気にしていて、「談志は弟子にあんなにむちゃをさせている」と思われてしまうような行為に対してとても敏感でした。入門当初はそんなこともわからずに振る舞ってしまい、「急いで行けば師匠も喜ぶだろう」と勘違いしてよく怒られたものでした。

頭に刻み込まれた田舎者の言動

 弟子に対してだけではありません。一般の人の「お里が知れる言動」にも露骨な拒否反応を見せたことがありました。

 あれは、「宮沢りえさんのヘアヌード写真集」が発売開始となり、話題となった時でした。とある雑誌から、「中身についてインタビュー」を受けました。場所は東京駅丸の内側でした。

写真:photoAC

 行き交う真面目なサラリーマン各位をバックに、談志はくだんの本について、率直な感想をコメントしていました。すると、その写真集を見つけた中年女性が近づいてきて、ずけずけと、「わ、この本、見せてもらえます」と、師匠の脇に座り込み臆面もなく開いて読み始めたのです。

「あら、こんな姿までさらして」と図々しい反応の声を上げていました。見るに見かねた師匠は、「よしなさいよ、あんた。みっともないよ」と制止すると、「だってただで見られるなんてねえ」と言い切ってその場に座り込みました。

 さすがにインタビュアーの方が、追い返す形になりましたが、師匠はそばにいた私に向かってこう言い切りました。

「よく覚えておけよ。ああいうのが田舎者って言うんだ」

 以後、あのおばさんのおかげで「ああいう言動をするととても師匠は嫌がるんだな」と私の頭にはっきりと刻み込まれました。

「自分の言動が相手にどんな印象を与え得るか」

 このチェックこそ落語家として一番のセンスなのかもしれません。いや、落語家に限らず、誰にも当てはまるはずです。「粋」とはそういうことなのかもしれません。粋も出身地ではありません。やはり日ごろの積み重ねなのでしょう。

「粋も積み重ね」。つまりはコツコツ、努力から。小粋に足してゆきましょう。

執筆者プロフィール

立川談慶(たてかわ・だんけい)

1965年、長野県上田市出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、ワコールに入社。91年4月、立川談志門下に入門。前座名ワコール。2000年12月、二つ目昇進、談志により談慶と命名。05年4月、真打ち昇進。文筆でも活躍し、小説『花は咲けども噺せども 神様がくれた高座』(PHP文芸文庫)など著書多数。新刊は『落語流 教えない授業のつくりかた 「知識を伝える」から、「子どもの力を引き出す」教育へ!』(誠文堂新光社)。特技はベンチプレス(130キロ)。

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