第3回 未来不明の「今」考えること、なすべきこと

安田純平 Think Globally Act Locally

地球規模で考え、足元から行動を起こせ──
それは情報過多時代に生きるすべての現代人にとっての課題だろう。紛争地をはじめ世界で「今、起きていること」を追ってきた気鋭のジャーナリストが、自らが育った「埼玉県」を新たな取材フィールドに選んだ。

今も未来も見えない絶望の日々

 シリアで3年4カ月拘束されていた私は、最初の約1年間は部屋にテレビがあったため、日本の報道や文化紹介の番組を見て過ごしていた。周囲から隔絶された独房の中で、どうにかして現実社会に自分をつなぎとめたいと必死に画面に食い入った。

 画面に映る日本の光景が色あせて見えることがあった。「本当にセピア色に見えるものなんだ」とあえて感心してみたものの、胸をかきむしりたくなるような焦燥感に襲われた。

 食って寝て、テレビを見てまた寝るだけの日々。何一つ生み出すこともできない今と、それがこの先も延々と続いていく絶望感。今も未来もないのに、過去まで自分の中から消えていき、そうやってオレはこの世からいなくなるのか。

 過去に執着せず、未来に焦ることなく今を懸命に生きる、という境地は、何かに取り組むことができる今があり、それによって開かれていく未来があるからこそ至ることができるものなのではないか。

それでも生きていくために……

 シリアでの拘束から解かれた私が、今と未来を取り戻そうと帰国の途についていた2018年10月25日、未来の一部を奪われたシリア人が日本にいた。

 シリア北東部出身のユセフ・ジュディさんは、2012年春にシリア北東部カミシュリの反政府デモで政府軍によって無差別に人々が殺される現場を目撃し、運動にかかわるようになった。しかしある日、留守中に自宅に来た治安部隊が母親を殴り、居場所を聞き出そうとしたことを知り、国外へと逃れた。兄弟のいる英国を目指したがブローカーに騙され、着いたのは考えもしなかった日本だった。旅券は戻ってこなかった。

ユセフさんが反政府デモにかかわっていた同時期に、シリア政府軍による砲撃で負傷したシリア人とその家族=2012年7月9日、シリア西部ラスタン(筆者撮影)

 難民申請は却下された。提訴したが退けられ、あの2018年10月25日、高裁にも棄却された。「迫害の恐れ」の明白な証拠がないからだという。証拠などそろえる余裕もなく逃げざるを得ない、ということすら理解できないのは、日本があまりにも“平和”すぎるからなのか。

 シリアが紛争状態にあることから人道的配慮による居住が認められたが、1年更新であり、不安定な状態が続く。旅券に代わる難民旅行証明書を得られなかったので日本から出ることもできない。妻子は呼び寄せられたが、すでに旅券の期限が切れたという。迫害を恐れるユセフさんらがシリア大使館へ行けるはずもない。日本で産まれた子どもらは無国籍状態だ。

 それでも日本で生きていくため、ユセフさんはさいたま市にカフェ「ドバイ・アンティーク&カフェ」を開いた。不安定で先の見えない未来の中に、光を見出そうとしている。

執筆者プロフィール

安田純平(やすだ・じゅんぺい)
ジャーナリスト。地方紙を経てフリーランスに。イラクやアフガニスタン、シリアを取材。イラクで料理人として働き、民間労働者が戦争を支える実態を『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』(集英社新書)に執筆。シリアで拘束され18年に40カ月ぶり解放。近著に『戦争取材と自己責任』(共著、dZERO)、『自己検証・危険地報道』(共著、集英社新書)など。
http://jumpei.net
安田純平氏
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