第1回 秩父に酒を飲みに行くべき理由

安田純平

安田純平 Think Globally Act Locally

地球規模で考え、足元から行動を起こせ――
それは情報過多時代に生きるすべての現代人にとっての課題だろう。紛争地をはじめ世界で「今、起きていること」を追ってきた気鋭のジャーナリストが、自らが育った「埼玉県」を新たな取材フィールドに選んだ。

文=安田純平(ジャーナリスト)

シリアのテレビに映った秩父の酒蔵

 2016年5月3日の私の日記にこう記されている。
「NHKのJourneys in Japan。武甲正宗。263年。〇〇先生に秩父に誘われたが行けずにここまで経ってしまった。古い町並み残っててよい感じ。酒蔵たくさんありそう」

 宝暦3(1753)年創業の武甲酒造(埼玉県秩父市)の銘酒「武甲正宗」を紹介する海外向け放送「NHK WORLD - JAPAN」の旅番組を見た際の記述だ。

 私は18年10月までの3年4カ月の間、シリアで拘束されていた。ノートとペンを渡されたので、見聞きしたこと、考えたこと全てを記録していた。この日付のころは部屋にテレビがあった。驚く人が多いが、例えば同時期に1年間、シリアの同じ地域で拘束されていたドイツ人記者も、部屋にテレビがあったと語っている。

 日本人2人を含む外国人記者や支援関係者の人質を殺害したイスラム国がその残虐さを世界に印象付けたのに対し、その他の武装組織はイスラム国との違いを強調することで、自らの“正当性”を装おうとしていた。拷問を繰り返したイスラム国とは人質の扱いも違う。外国人記者や支援関係者の人質を殺害したのはイスラム国だけだ。私もドイツ人も、拘束者はイスラム国ではない組織だった。

 しかし、最終的に殺害か解放かはそのときになってみなければ分からない。生きて帰れるか分からない状況の中で、画面に映し出される日本の光景を、二度と目にすることはないかもしれないと思いながら、食い入るように見つめる日々だった。

振り返るためではなく、知るために故郷を歩く

 埼玉県出身の私は秩父にも何度か行ったことがあったが、知らないことばかりだった。中学校時代の担任教師が、私が卒業して20年以上たったころに連絡をくれて、住んでいるという秩父に遊びにこないかと誘ってくれたが、何だかんだと先延ばしにしたままになってしまっていたことも思い出した。

 私は独房の中で生きてはいたが、自分の意思でできることは何ひとつなかった。何かをやろう、知ろうとすれば何でもできたときに、なぜやらなかったのか。人とのかかわりをなぜもっと大切にできなかったのか。考える材料といえば過去のものしかなく、ただ人生を悔やみながら現世を眺める幽霊のような存在だった。

 どこで間違ったのか。直近の行動のミスから、幼いころにまでさかのぼり、人生のあらゆる場面を思い出しては否定し続けた。そのまま過去にだけ囚われていたら、精神から崩壊していったかもしれない。どうにか自分を維持できたように感じるのは、何とかして生きて帰って人生をやり直そうと、未来を考えるようにしたからだと思う。

 生きて帰れたら、自分が育った地域を歩いて回ろうと考えていた。振り返るためではなく、もっと知るために。秩父にも酒を飲みに行くつもりだ。

酒
執筆者プロフィール

安田純平(やすだ・じゅんぺい)
地方紙を経てフリー。イラクやアフガニスタン、シリアを取材。イラクで料理人として働き、民間労働者が戦争を支える実態を『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』(集英社新書)に執筆。シリアで拘束され18年に40カ月ぶり解放
http://jumpei.net
安田純平氏


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