首都のベッドタウンと呼ばれながら、埼玉県には東京にのみ込まれない伝統と個性を持った学校が多くある。教育、社会運動を専門とし、各メディアで活躍するジャーナリスト・小林哲夫が「教育県」の素顔を探る。
埼玉唯一の大学名を冠した駅
2017年、東武鉄道伊勢崎線・松原団地駅が「獨協大学前〈草加松原〉駅」に改称された。埼玉県内で鉄道の駅に大学名がつくのは獨協大しかない。東京都内には明大前、駒場東大前、駒沢大学、成城学園前などがある。都内は大学の数が圧倒的に多く、大学名が付く駅がいくつか見られるのはあたりまえだが、埼玉に大学駅はこの一つしかない。さびしい。
その理由には、県内には、①駅にやたら近い大学が少ない、②駅名を示す地名に歴史がある、③新設大学が多くなじみがない、が挙げられよう。たとえば、埼玉工業大は岡部駅(JR高崎線)徒歩15分、城西大は川角駅(東武越生線)徒歩10分、駿河台大は飯能駅(西武池袋線)バス7分、聖学院大は西大宮駅(JR埼京線)バス10分。○○大学駅を掲げるのは厳しい。
獨協大も駅前にキャンパスはなく、歩いて5分以上かかる。それでも獨協大が駅名になった時、同大学の犬井正学長(当時)はえらく喜んでいた。
「この度の駅名変更を契機に、本学は今後さらに地域文化・教育の一翼として重要な役割を担い、草加市ならびに市民の皆様と共に歩みながら、魅力ある地域社会の発展に貢献することをお約束するとともに、本学の存在が地域のみなさまにとっても誇りと思っていただけるよう、引き続き大学運営に邁進してまいります」(「獨協大学父母の会」WEBサイトから)
2017年4月1日に改称された獨協大学前〈草加松原〉駅
大学にすれば、ブランド力を持たせたい。地方自治体は、キャンパス周辺を大学街にして文化的なエリアとしてハクをつけたい。いずれも正しい戦略である。実際、最寄り駅に大学名をつけてほしい、と切望し、鉄道会社に何度も強く働きかける学長、理事長は少なくない。
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長になりそこねた川淵三郎氏は、首都大学東京(現・東京都立大)理事長を務めた(13~17年)。在任中、同大学の最寄り駅の京王相模原線・南大沢駅を首都大学東京駅に変えるよう鉄道会社に要望したが、ダメだったようだ。
駅名改称で文化発信のきっかけに
神奈川県では、19年に相鉄線・羽沢横浜国大駅が誕生した。大学は駅から徒歩15分の距離だ。04年には京浜急行本線・県立大学駅が生まれている。前年の神奈川県立保健福祉大学開学にちなんで、京急安浦駅から改称した。大学までは駅から徒歩5分だ。
さて、われらが埼玉大である。埼京線・南与野駅バス10分、歩くと約30分だ。埼玉県立大は東武伊勢崎線・せんげん台駅バス5分で歩くと20分近くかかる。埼玉大学駅、埼玉県立大学駅を名乗るのは難しいだろうか。
そんなことはない。都立大学駅や学芸大学駅(ともに東急東横線)は、該当する大学がとうの昔に郊外へ移転し、近場にないのに堂々と大学名を掲げている。だったら、埼玉大学駅、埼玉県立大学駅があってもいい。周辺に美術館、郷土資料館、カルチャーセンターなどをつくり文化発信地とする。行政はそれぐらいのアイデアを考えてほしい。
小林哲夫(こばやし・てつお)
教育ジャーナリスト。教育、社会問題を総合誌などに執筆。新刊『平成・令和 学生たちの社会運動 SEALDs、民青、過激派、独自グループ』(光文社新書)のほか、『神童は大人になってどうなったのか』(朝日文庫)、『学校制服とは何か その歴史と思想』(朝日新書)、『大学とオリンピック 1912-2020 歴代代表の出身大学ランキング』(中公新書ラクレ)など著書多数。