第5回 温浴施設の事業再生を通じてリーダーを育成

ときがわSTYLE

東京から90分という距離にありながら、自然豊かな埼玉県比企郡ときがわ町には自ら仕事を創りたいと考える若者たちが集まってくる。そんな町の「人」と「仕事」を巡る物語―—。

文=風間崇志

ガレージ

 

 株式会社温泉道場は、ときがわ町に本社を構えるローカルベンチャーだ。2011年に同社代表取締役社長執行役員兼グループCEOの山﨑寿樹さんが、ときがわ町(当時は玉川村)にある玉川温泉などの経営を引き継ぐ形で創業した。創業からちょうど10年。温泉道場はいまやグループ会社として二つの子会社を束ね、県内6直営店、県外1店舗を経営、フランチャイズを3店舗展開するなど、埼玉県だけでなく日本各地の温浴施設などの事業再生や観光振興、地域活性化を担う存在となっている。

 温泉道場の埼玉県内の店舗は、大宮の1店舗を除き「国道16号線」より北側、いわゆる「トカイナカ圏内」にある。10年前といえば、まだ「地方創生」という言葉が今ほど注目されていない頃のことだ。山﨑さんはその頃から「地域でのリーダーづくり」を一貫して掲げてきた。なぜ地域にはリーダーが必要なのだろうか。彼が目指す地域の「未来」に迫った。

昭和レトロな雰囲気の中で温泉が満喫できる玉川温泉

昭和レトロな雰囲気の中で温泉が満喫できる玉川温泉

地域には仕事をつくるリーダーが必要

「最も苦労したのは人や組織の意識を変えること」だと山﨑さんは語る。山﨑さんが引き継ぐ前の玉川温泉は赤字経営が続いていたが、それは働く人や組織の意識が大本の原因であったというのだ。

「箱(玉川温泉)で働く人は全て外からではなく、基本はもともと地元にいた人たち。彼らの習慣も考え方もすべてが赤字の要因になってしまっていました。それを事業としてしっかり成り立たせる習慣に変えていくことに一番苦労しました」

 個人はもちろん、組織やチームの意識を変えるというのは非常に時間がかかる。玉川温泉を引き継いだ初年から黒字化を達成したものの、事業が回るようになってきたと感じるまで5、6年はかかった。山﨑さんは、「今もうまくいっているとは感じていません。まだまだ途中です」と語る。

 温泉道場の正社員は現在70名ほど。組織が大きくなるにつれて新たな課題が浮き彫りになっている。社員が多くなれば当然、山﨑さんはすべての社員と毎日顔を合わせることはできない。また、コンサルティングの依頼などで地方に呼ばれ、本社にいないこともしょっちゅうだ。その結果、社員が目の前の仕事にとらわれて事業の目的を考えることが疎かになったり、地域との関わり方が希薄になったりしているのが課題だ。

株式会社温泉道場代表 山﨑寿樹さん

株式会社温泉道場代表 山﨑寿樹さん
1983年生まれ。大学卒業後、船井総合研究所で日帰り温泉のコンサルティングを担当。2011年に温泉道場創業。温泉ソムリエとしても活躍する。ときがわ町在住

 一方で、今の組織は何かが起こった時に自分ですべて処理できてしまう規模であることにも葛藤がある。それが当たり前になってしまうと、社員の自立が妨げられ、自分で苦労して何かをするということがなくなってしまうからだ。会社の業績だけを考えるならばそれでいいが、同社が目指す未来はその先にあると山﨑さんは言う。

「ときがわ町やその周辺地域に楽しく稼げる仕事をつくり雇用を生み出すこと。そのために都内に出なくても仕事がある環境をつくるリーダーを、事業を通じて育てていくことが我がグループのミッションです」

 山﨑さんの想いは「道場」という社名にも表れている。目標は2025年までに5人の経営者を輩出することだ。

温泉道場の運営施設

温泉道場の運営施設「ときたまひみつきちCOMORIVER(コモリバ)」。ときがわ町にあり、バーベキューやグランピングが楽しめる

埼玉はマーケットがあるのにもったいない

 そもそも、地域でのリーダーづくりを志すようになったきっかけはなんだろうか。大学を卒業後、コンサルタント会社に勤めていた頃から、いずれは経営者になるつもりだったという山﨑さん。その背景には二つの大きな出来事があった。

 一つは、両親が営んでいた会社が、自身が高校生だった頃に倒産の憂き目を見たことだ。その時の両親や社員の苦しさを目の当たりにした。コンサルタント時代から変わらず今も事業再生を手がけているのは決して偶然ではないだろう。「あの時に今の自分がいたら、両親の会社は助けられます」と口にする山﨑さんの表情は自信に満ちていた。

 もう一つは、もともと教育に興味があって先生になるために教育実習に行ったことだ。実習で感じたのは、「自分がやりたいことは学校ではできない」ということだった。

「教育や社会にインパクトを与えるような、起業を通じた人材育成が自分のやりたいことなんじゃないかと思いました。経営者をやっているのはそのための手段なんです」

 玉川温泉は泉質以外に魅力を感じるところがなかったことから、再生難易度は非常に高い部類だったという。だが山﨑さんは、事業を通じたリーダー育成や社員の意識改革に取り組むことで、昭和レトロな雰囲気の中でも創造性がキラリと光る人気温浴施設へと「再生」を成し遂げてきた。従来の地元のお客さんに加えて、いまや地域外からも多くのリピーターが訪れる。

玉川温泉の売店

玉川温泉の売店には駄菓子や全国のご当地サイダーが並び、大人も童心に返る

 観光という視点からときがわ町を見ると、天文台、キャンプ場、温泉など磨けば光るようなコンテンツが多いことに大きな可能性を感じてきた。それは今も変わらないという。

 また、ときがわ町だけだと人口は約1万人だが、比企郡全体では約12万人、周辺では川越市には約35万人、熊谷市には約19万人、深谷市には約14万人、坂戸市には約10万人という人口が存在する。地域を広域でとらえることで交流人口を増やし、それによって個々の地域をさらに活性化することにつながるという考えだ。さらに、山﨑さんは埼玉県というマーケットにも大きな可能性を感じている。

「人口約734万人というこれだけのマーケットがあるのにもったいない。絶海にある孤島のような田舎のほうが開き直って頑張っているのに、埼玉は甘えている。その甘ったれを直そうというよりは、まず自分たちでやってしまおうという感じです」

 行政による観光振興の取り組みは、どうしても自らの行政区に縛られがちである。行政区は観光という視点で見ると小さすぎる。それならば行政を待つのではなく、民間としてやった方がいいというのが信条だ。ときがわ町でもまだやりたいことは多いが、山﨑さんのもとには他の地域からも一緒にやりたいという要望がたくさん寄せられている。温泉道場は今後もいろいろな地域と連携しながら、事業を通じて「地域でのリーダーづくり」に取り組み続けていく。

【株式会社温泉道場】
http://onsendojo.com/

*ときがわ町内にある施設
昭和レトロな温泉銭湯 玉川温泉(ときがわ町玉川3700)
ときたまひみつきち COMORIVER(ときがわ町本郷930-1)

『ときがわ自然塾』山﨑寿樹氏のセミナー 

執筆者プロフィール

風間崇志(かざま・たかし)
1981年生まれ、埼玉県草加市出身。妻、一姫二太郎の4人家族。2006年、まちづくりを志し、越谷市役所に入庁。18年に比企起業塾の第2期を受講し、20年に個人事業主として起業。屋号は「まなびしごとLAB」。埼玉県比企郡や坂戸市を中心に、行政や中小企業のお助けマンとして、企業支援や地域活性化、地域教育、関係人口づくり、ローカルメディアづくりなどに取り組む。共著に『地域でしごと まちづくり試論 ときがわカンパニー物語』(まつやま書房)がある。
https://www.manabi-shigotolab.com/

風間崇志
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