東京から90分という距離にありながら、自然豊かな埼玉県比企郡ときがわ町には自ら仕事を創りたいと考える若者たちが集まってくる。そんな町の「人」と「仕事」を巡る物語―—。
文=風間崇志
渡邉一美さんは2018年2月、2代目ときがわ町長に就任した。前職は町の超有名店「とうふ工房わたなべ」の代表取締役。こちらも父の後を継いで2代目だった。企業の経営者としても、町の経営者としても、飛躍が期待される2代目の重責を任されてきたことになる。
地元で生まれ育ち、長らく町を内側から見てきた渡邉町長が描く「ときがわ町の未来戦略」について、2021年1月31日にオンライン開催された「ときがわ自然塾」における記念講演「ときがわ町の歴史と未来戦略」をもとに紹介する。
どんなに小さなものでもいいから1番になる
総合振興計画で示されている町の将来像は、「人と自然のやさしさに触れる町 ときがわ」だ。いかにも抽象的で分かりづらいが、渡邉さん流の解釈は「ときがわ町民が、環境を保全しながら、持続可能なまちづくりをしていく」ということだ。これはSDGs(持続可能な開発目標)の考え方にほかならない。
町長になって3年。町の経営者として持続的なまちづくりのために、同じ比企郡の嵐山町の元町長・関根茂章さんから受けた教えを今も大事にしている。
「行政は子どもたちには夢を、若者には仕事を、お年寄りには安心を。これが行政の仕事である」
そのために渡邉さんが日頃から口にしているのは、「『日本一』、『1番』といえるようなトガリをつくろう」ということだ。どんなに小さなものでもかまわないから1番になること。小さい町だからこそ、1番でないと目立たない。小さな町が持続的であるためにはトガリが必要なのだ。
ときがわ町長 渡邉一美さん
1953年生まれ、都幾川村(現・ときがわ町)出身。地元の名店「とうふ工房わたなべ」の2代目として業績を伸ばす。2018年2月より現職
このことは、渡邉さんがとうふ工房わたなべの経営者時代から取り組んできたことでもある。家業を継いだ時、家内工業のような豆腐屋を発展させるためにはどうしたらいいかと考え、資本をかけて大きくするのは難しいが、「味で日本一」ならなんとかなるのではないかと技術向上に取り組んだ。原料の大豆を良いものに変え、京都に何度も通って豆腐づくりを学んだ。その結果、お客さんやマスコミの評価が上がり、徐々にブランド化が進んだという。
「何かトガリをつくって目立たないと始まりません。トガリがあると周りは期待するので、それを裏切らないようにさらに努力しないといけない。その努力が大事なんです。トガらせるのは安易にできることじゃないし、『日本一』『1番』になるのは難しい。それでもチャレンジしなければいけないのです」と渡邉さんは経営者としての厳しさをのぞかせて参加者に訴えかけた。
小川町をはじめとする地元産の大豆と、ときがわの地下水で作るとうふ工房わたなべの豆腐。全国豆腐品評会金賞などを受賞している
とりわけ力を入れなければならないと考えているのは「食」と「教育」だ。ときがわ町の未来のため、そして子どもたちに夢を持ってもらうために、「食と教育で選ばれるまちづくり」を目指している。
ときがわ町には高校も大学もない。否が応でも15歳の春には町外に出ていかなければならない。だからこそ小中学校で受ける教育が非常に大事なのだと渡邉さんは言う。「ときがわ町で勉強してきたんだからどこにいっても恥ずかしくない、自信がある。そういう子どもたちに育ってもらいたいというのが私の夢です」。
地元の人とよそ者の混合が新しい文化を生む
観光にも力を注ぐ。町には山や川などの自然環境のほかにも、食やキャンプといった良質なコンテンツがある。一方で、入込客を増やすための目先の観光振興には警鐘を鳴らし、「内発的発展」による観光を推し進める考えだ。「内発的発展」とは内側から発展させようという考え方で、ときがわ町北部に隣接する小川町の有機農業で有名な下里地区の霜里農場から学んだものだ。
「都会からお客さんを呼ぶ前に、まず町の人に地元のいいところを知ってもらって中から盛り上げたい。そうすれば観光大使の町民が1万人、出身者も含めれば何万人もいることになります。それには、行政や地元の人だけでなく、民間事業者や地域の外からの移住者、関係人口との連携が欠かせません。『風土』という言葉にあるように、土(=地元の人)と風(=よそ者)とがうまく混ざり合うことで新しい文化が生まれます。どんどん一緒にやっていきたいですね」
オンライン講演ではみんなでときがわの「T」ポーズを決める場面も
参加者との意見交換では熱い議論が展開された。町長自らのエールに、「仲間と林業、製材に取り組んでいる。ときがわ町の林業を、今までのやり方ではなく自分たちのやり方でトガらせたい」と、新たな事業に取り組んでいるときがわ町出身の若者は目を輝かせた。
また、この日の参加者には、渡邉さんが師匠と仰ぐ小川町の霜里農場の金子美登さんの奥さん、友子さんの姿もあった。
「日本では学校給食にすべて有機野菜を使っているところがない。ときがわ町は今がチャンス。小さい町だからこそできることです。小学校だけでもすべて有機野菜を使った学校給食にすれば全国的なニュースになりますよ」
恩人からそう活を入れられ、渡邉さんは「はい」と答えながら子どものような笑顔だった。
執筆者プロフィール
風間崇志(かざま・たかし)
1981年生まれ、埼玉県草加市出身。妻、一姫二太郎の4人家族。2006年、まちづくりを志し、越谷市役所に入庁。18年に比企起業塾の第2期を受講し、20年に個人事業主として起業。屋号は「まなびしごとLAB」。埼玉県比企郡や坂戸市を中心に、行政や中小企業のお助けマンとして、企業支援や地域活性化、地域教育、関係人口づくり、ローカルメディアづくりなどに取り組む。共著に『地域でしごと まちづくり試論 ときがわカンパニー物語』(まつやま書房)がある。
:https://www.manabi-shigotolab.com/