蟹江杏アトリエ日記vol.14 方向音痴の冒険

わたしと涙を食べる犬
 

私はとにかく方向音痴です。
真っ直ぐな一本道以外はほとんど迷子になると言っても過言ではありません。
どんな馬鹿でも行けると言われた道順でも同じです。
という事は、私はどうしようもない馬鹿ということになります。

周りの人にはいつも呆れられています。
「本気になっていないから迷うんだ。本気で地図と向き合え!」
と言われたこともありますが、
「本気」をどこに持っていったら良いかわからず、ダメでした。

その上、一人で歩くと、何故か根拠のない自信がみなぎり、
勘で行けばどうにかなるだろう、と思う癖があるようで、闇雲にグングン歩きます。
その性格のおかげでより一層、
複雑でトリッキーな迷い方をしてしまうことがしばしばあります。

ですので、大切な仕事場へは誰かしら付き添ってもらわないとたどり着くことができず
クライアントさんやお客様に迷惑をかけてしまうことが多々あります。
どうしても、スタッフのスケジュールが合わない時などは、
住所を伝えれば連れて行ってくれるタクシーを使うのでとても不経済です。

思い返せば、私は子どもの頃から方向音痴でした。
家族旅行で行った京都で迷子になった時は、
道にいた犬に頼んで、
両親の元まで連れて行ってもらうという不思議な体験をしました。

小学校への登校は家から一回しか曲がらなかったので
どうにか迷わず行けたのですが、苦労したのは中学校です。
私の通っていた中学校は自宅から徒歩25分程かかるところにありました。

毎朝、Rちゃんが迎えに来て連れて行ってくれたので、
なんとか登校できていました。
私はくだらない話を無口なRちゃん相手にひたすらお喋りしながら歩くので、
常に注意力が散漫だったのでしょう。
車の多い大通りではRちゃんに袖を掴まれて、
安全を確保してもらいながら登校していました。

そんなある日、理由は思い出せないのですが、
どうしても一人で学校まで行かなくてはならない日がありました。
いつもRちゃん頼みの私は、大変不安になりながらも、
意を決して、いつもの朝より早めに家を出ました。

途中までは見たことのある道を進んでいたのですが、
いつのまにか、初めて見るような住宅街に迷い込んでしまいました。
けれど、ここで引き返そうとか、立ち止まって方向を考えてみよう、とか、
そういうことを考える慎重さに欠けている私は、
ズンズンと自分の感性に導かれる方向に突き進みました。

住宅街から見たこともない公園を抜け、知らない駄菓子屋の前も通ります。
学校にはいつか着くだろケセラセラ、
と気分よく歩いていると、
向こうから、私と同じ年頃の女子の集団が歩いてくるではありませんか。
そして、私は気がつきました。
彼女達がセーラー服を着ていることに。私はブレザーを着ています。

私の通うA中は紺のだっさいブレザー。
でも、目の前にいる可愛らしいセーラー服は隣の学区のB中。
いくら馬鹿な私でも気がつきました。
これは、違う地域まで来ちまった、ということに・・・。

さあて、始業のチャイムも迫ってきているはず・・・これは困った。
学校へたどり着くどころか、家にも帰れないかもしれない。
私は、ない頭をしぼり、人に尋ねることにしました。
通りゆく人の中で、優しそうなおばちゃんを選び、
A中の制服を着ているにもかかわらずA中の場所を尋ねる、
という恥ずかしさを乗り越えて質問をしたのです。

「あの…A中学校に行きたいのですが、どちらの方向ですか?」
意外と人を見る目はあったようで、
思った通りおばちゃんは優しい笑顔で
「あっちの方向だよ。ここからだと公園を抜けていくと早いわよ」と教えてくれました。
私は丁寧にお礼を言って、まずは先程通った公園まで行きました。

あっちの方向・・・。
その後は、「あっち」とおばちゃんが指差した方向を頼りに進みます。
すると、空き地に出ました。
ドラえもんに出てきそうな、絵に描いたような空き地です。
なんと、その空き地の向こうに、
私のよく知るA中学校の近くにある建物が見えるではありませんか。

おばちゃんナイス!

よし、あそこまでたどり着けば学校まで行ける。
と、確信はしましたが、目の前には最後の難関が立ちはだかっていました。
建物がある道まで出るには空き地のフェンスを乗り越えなければなりません。
周り道をすれば行けるはずですが、
その時の私は、根拠のない自信も枯れ果てていました。
遠回りしてまた迷子になるよりは、このフェンスを乗り越えようと決めました。

2メートル強くらいの高さでしょうか。
そうと決めたら、助走をつけて一気にフェンスにしがみつきました。
体重がかかり、ミシミシと音を立てます。
細い針金の網目はつかみどころがなく指が痛くなりましたが、
頑張って上まで登り切りました。

頂上でフェンスにまたがり、向こう側に身体を翻そうとしたその時、
「痛っ!!!」
膝に激痛。そのまま、ズルズルと地面まで滑り落ちました。
膝に切れた針金が刺さったのです。
血だらけでした。
ずり落ちたから制服のスカートはところどころ裂けています。
小学生の時みたいにスカートをたくし上げてパンツのゴムに挟み
“即席ブルマ”にして登るべきだったと後悔しました。

とうに授業がはじまっている時間でした。
そのままなんとか学校に着くと、真っ直ぐ保健室に行きました。
とんでもない事件に巻き込まれて
命からがら逃げてきた女子中学生みたいな格好の私を見て
先生も遅刻を叱るどころかびっくりしていました。

その日は一日ジャージで過ごしました。
「杏ちゃん、なんでジャージなの?」
と、周りから聞かれるたびにいきさつを説明しましたが、
皆、笑っていました。
帰りがけ、Rちゃんに話すとかなり呆れたようでした。

膝の傷は大人になった今も薄ら残っていて、見るたびにあの朝を思い出します。
その出来事を境にRちゃんは、
私が一人で出かける、というととても心配してくれます。
私が画家になってからも
彼女は時々サイン会に同行してくれることがありますが、
地方の知らない道の大通りで車が通るたび、
「危ないよ」と袖を掴んでくれることは昔と変わりはありません。

わたしと涙を食べる犬

タイトル:「わたしと涙を食べる犬」
サイズ: 270×210mm
シート価格(税込): 44,000円
額装価格(税込): 50,930円

※別途、送料がかかります。
販売数量: 10枚限定
お届けの目安:約3カ月

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