【寄稿エッセイ】上り、下り、見る 味園史音(大学生)

味園史音(大学生)

「現役東大生はみんなスターか???」
どーも最近の子どもたちは東大生が登場するクイズ番組に当てられて、すっかり誤解してるようだ。
ところが味園史音くんは、受験指導ではなく我が身を振り返りながら子どもたちに向き合おうとする。彼が感じたトカイナカは? 子どもたちは?

上る日々と違和感

 物心のついたころから、富士見市のふじみ野という町で暮らしています。東武東上線で池袋から20分ほどのベッドタウンです。治安こそ良いけれど、家があるばかりで栄えているとは言い難い。かと言って自然もほとんど見当たらない。そんなつまらない町で僕は育ってきました。

 親の方針につき「お受験」した僕は、小学校を卒業するとともに生活圏を東京・港区へと移しました。東上線を池袋へと上る日々。唯一の娯楽だったイオンは山手線沿線のあらゆる施設に姿を変えます。ゲームセンターの代わりに渋谷のEST(エスト)でたむろし、フードコートの代わりに恵比寿のアトレで昼食を取る青春を送りました。こうして思い返すと可愛げのない話ですが、その生活は今も続いています。東京大学に進学したからです。

 エリートコースだとよく持て囃されます。しかし、その成功体験は僕に進歩主義の呪いをかけました。「人間は成長するべきだ」。偏差値を上げるための単純な動機付けは、いつの間にか至上命題にすり替わってしまっていたのでした。

 ゆったりと流れる時間にすら焦りを抱く日常。大学に入ったころには違和感は明確な苦痛へと変わっていました。力み続けた結果、すっかりと凝り固まって鈍痛にきしみ始めた肩のようでした。僕は苦し紛れにアカデミズムにすがりました。前提を疑うことで価値を相対化する哲学と、僕が陥ったような視野狭窄の再生産を防ぐ教育が、僕の大学生活の2大テーマとなりました。

哲学対話会

 今回僕が「哲学対話会」を開催したのは、そんな経緯があってのことでした。縁あって埼玉トカイナカ構想代表・神山典士先生の作文教室をお手伝いしています。ふと先生に提案してみました。「哲学対話っていう教育法があるんですけど……」。二つ返事でご快諾いただき、作文教室の姉妹企画としてときがわ町での開催が決まりました。机上のアカデミズムを実践する初めての機会でした。

 8月の真夏日、めったに使わない側のホームに並び、東上線を下ります。川越をゆうに越えて小川町のほうへと進んでいく。車窓を埋め尽くしていたマンションは、到着するころにはめっきり消えていました。まばらな一軒家とその奥の木々、山々。天井のないホームに日差しが降り注いでいます。ときがわ町にやってきました。

 古民家を利用した「トカイナカハウス」に入ると、先に待っていた一人の男の子が出迎えてくれました。挨拶にエネルギッシュさが滲んでいます。それは間もなくやってきた他の3人も同じでした。自然に囲まれて育った子供は、皆目が透き通っている気がします。僕はその目が好きです。挨拶がてらに大量に持ってきたうまい棒を放ります。目を輝かせてはしゃぐ子供たち。僕もつられてはしゃいでしまいました。やはり純粋な子供が好きだ!

 自己紹介もほどほどに、さっそく会を始めます。哲学対話と言うと大仰ですが、要は単なる話し合い。テーマが少し抽象的なだけです。今回は僕の書いてきた文章を皆で読み合わせ、それについてディスカッションします。参加者は4人とも小学生ですので、テクストは小学生同士の喧嘩を描いたものにしました。

 一人だけ好きな漫画が違う子を仲間外れにするのは良くない。実は同性愛者だった友達も受け入れなくてはいけない。そんなのは当たり前だ。では翻って、両者に通底する原理はどういったものだろう。「ナカマハズレはよくない」だ。しかしこれを遵守し続けることは果たして可能なのだろうか。食用の豚も駆除されるゴキブリも、言ってみれば人間から「ナカマハズレ」にされているのではないか。ならばその線引きはどのようにして行われているのだろう? 

会の様子。発言中は提灯を掲げて、他の人は黙る

 対話はことのほか白熱しました。慣れない頭の使い方に疲れた子供たちは、途中の休みでは家中を駆け回って騒いでいました。大声を飲み込む庭の木々。今回一番うれしかったのは、子供たちが終始リラックスして臨んでくれたことでした。正直に意見を述べることは哲学対話における最も大切な要素です。自然のゆとりと子供たちの純粋さが、会を成功へと導いてくれたように感じました。

下り、見る

「だからときがわ町は良いのだ」、と決めつけるようにトカイナカを称揚する気はありません。この町は広い。時間にも空間にもゆとりがあって、やわらかな落ち着きを感じます。しかしこの資本主義の世紀、ときにその魅力は郷愁以上の価値を失ってしまうこともあります。地に足をつけて生きていくには、緊張も多少なりとも必要なのです。成長しなくては食べていけない。

 大切なのは、視野狭窄に陥らないこと。様々な可能性を、多様性の際限のなさを理解し、価値を自らの目で見つめ直すこと。受容も疎外も、分裂も偏執も、自然も科学も、そして田舎も都会も、しょせんは良し悪しなのだと実感を持って言えるようにする。それだけの水平なものの見方を育ててあげたいと思っています。同時に、都会とゆるやかに接続するときがわ町だからこそ、その試みがさらに重要な意味を帯びるだろうとも考えています。

 だから僕は、これからもときがわ町へと下ります。池袋と小川町とを貫いて。

執筆者プロフィール

味園史音(みその・しおん)

埼玉県富士見市出身。麻布中学高等学校卒業、現在東京大学文学部2年。神山典士氏とは児童書『ヒット商品研究所へようこそ!―「ガリガリ君」「瞬足」「青い鳥文庫」はこうして作られる』(講談社)で取材を受けて以来の仲で、今も作文教室のアシスタントなどをしている。今回は神山氏の作文教室の関連企画として「哲学対話会」を主催した。近影は塾のバイトの教え子に撮ってもらった写真。

味園史音


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