【特集】旨さと技が光る、埼玉のクラフトドリンク

成見智子

コエドブルワリーの定番商品6種。日本の伝統的な色の名前がつけられている 写真提供:協同商事

 コロナ禍でのライフスタイルの変化にともない、人気が再燃しているのが、素材を吟味し、独自の製法で造られたクラフトドリンク。造り手の想いや製造地のテロワールを感じさせてくれるドリンクが、埼玉にも数多くある。

 大手メーカーじゃないと、旨いビールは造れない。そんな世評を覆したのは、埼玉・川越のクラフトビールブランド「COEDO(コエド)」。高い技術と繊細な職人技で、世界に誇るブランドとなった。そんなコエドが今も大事にしているのは、川越の農業会社としてのアイデンティティだ。

写真・文=成見智子(ジャーナリスト)

第1回 川越発・世界に誇るビールブランド「COEDO」

川越の大地が生んだ逸品

 小紋柄をあしらった濃い紅色のラベルに、家紋のようなシルバーのロゴが映える。商品名は「紅赤 -Beniaka-」。世界25カ国で展開する埼玉発のクラフトビールブランド「COEDO(コエド)」の定番商品の一つだ。

 赤みがかった琥珀色と、甘く香ばしい風味が特徴的なプレミアムエール。120年以上前に川越で発見され、今も特産品として栽培されているサツマイモ「紅赤」を石焼きして仕込んでいる。コエドブルワリーを手掛ける株式会社協同商事(本社:川越市)代表取締役社長の朝霧重治さんは、これが会社の原点につながる商品だと言う。

川越いもの代名詞といわれる「紅赤」を使用。赤みがかった琥珀色が印象的 写真提供:協同商事

「1970年代に、有機農業を推進する会社として義父が起業しました。農業より工業が重んじられた時代でしたが、将来また農業が見直され、産業の中心的役割を果たすだろうと義父は考えていたのです」

 江戸時代に川越藩が開拓した「三富新田(さんとめしんでん)」では、平地林を養成してその落ち葉を利用する「武蔵野の落ち葉堆肥農法」をはじめとする循環型農業が実践されてきた。ビール醸造は、連作障害の予防策(※1)として栽培された大麦と、出荷規格外で廃棄される紅赤の有効活用を考えたことがきっかけで始まった事業だ。

 試行錯誤を続け、大麦を麦芽にすることはかなわなかったが、96年に紅赤を使った醸造に成功し、商品化した。酒税法改正で小規模事業者の参入が容易になったことで、「地ビール」がブームとなった時期と重なる。

 だが、この時のブームは数年で終焉。多くの造り手が撤退を余儀なくされるなか、朝霧さんはものづくりへの思いを問い直し、2006年にブランドを刷新した。

「酒税法の改正自体が、バブル崩壊で傷んだ地域経済を元気にするための地域おこしが目的だったように思います。本来、ビール造りには膨大な知識とそれに見合う設備が必要なのに、造り手は勉強不足でした。品質が低くても観光地価格で売るというのがまかり通った結果、地ビールは『クセがある』『高い』『一見さん相手の土産物商売』というイメージが定着してしまった。プロじゃなかった、ということですね。もう一度きちんと軌道修正しよう、と社内で話し合いました」

朝霧重治さんは一橋大学卒業後、三菱重工勤務を経て98年に協同商事に入社。06年、ビール事業部門を再構築

 ビールはやっぱり、大手メーカーじゃないと造れない。世間に浸透したそんな認識を覆すには、小さな会社にしか創り出せない価値が必要だったという。

「ビールはアルコール飲料の中でもっともバリエーションが豊かで、コンテンツとして素晴らしいと思います。日本でも明治時代にピルスナービール(※2)が普及しましたが、それまでビール文化がなかったから、大量生産による食品工業として定着したんです。われわれが理想とするのは、時間をかけて原料を吟味し、高い品質の飲料を、正しい技術で、小規模に、ていねいな職人技でつくること。そこに、オートメーションで大量生産したものとは対極の価値がある。それこそが食の世界での最上のプレミアムだろうと考えました」

 ドイツからブラウマイスターを招き、コエドの職人たちは97年から5年間、本場のビール造りを学んだ。技術とともに、ビール文化やその精神をも継承することで高めてきたクラフトマンシップ。それを伝えるために朝霧さんが選んだのは、アメリカで生まれた「クラフトビール」という言葉だった。

東松山市にある醸造所内部。発酵タンクがずらりと並ぶ 写真提供:協同商事

COEDOの文字が光るラベルが貼られ、出荷される 写真提供:協同商事

「地ビールという言葉は、地域性を表す大事な個性です。でもそれよりまず、だれがどうやって造っているか、という話を伝えることが先だと思いました。クラフトビール、というのが、その時まさに伝えたかった言葉だったんです。廉価な商品を大量に提供する大手ビールメーカーの対極として、そのマーケットやニーズを自分たちで一つ一つ作っていこうと思いました。われわれはさまざまなタイプのビールを造るノウハウを持っている。それをきっちり再現することで、ビールの楽しさを提案しようと。たとえば、1000本単位くらいの小ロットで特別醸造品を造ることだってできる。そうしたことは、大手メーカーよりも小規模な会社のほうがやりやすいんです」

 コンセプトは「Beer Beautiful」。色、香り、味わい、のど越しなどにさまざまな特徴を持つビールの世界を楽しんでほしい、という思いがこめられた言葉だ。めざすのは、強烈な個性の追求ではなく、時間をかけて原料を吟味し、細部にまで目を配って繊細なバランスをとること。その極意を知る職人たちが醸したビールは、アメリカの「ワールド・ビア・カップ」、ドイツの「ヨーロピアン・ビア・スター・アワード」、ベルギーの「ITI(国際味覚審査機構、旧名はiTQi)」など、世界の名だたる品評会で毎年のように賞を受けている。

 毬花(まりはな)、瑠璃、白、伽羅(きゃら)、漆黒、紅赤。6種の定番商品には、それぞれの色や味わいをイメージした日本の伝統的な色の名前がつけられている。ラベルデザインは、デザイナーとともにじっくり時間をかけて作ったという。

日本の伝統芸術をデザインに取り込んだラベル

「レッドとかブルーではなく、日本に昔からある豊かな言葉で色を表現したかった。小紋柄のラベルに、『輪違い』という家紋の技法を用いたロゴマークをデザインしました。日本の伝統的な芸術や、職人道としてのデザインを取り入れたものです」

 ブランドを表現していくコミュニケーションと位置づけ、長く使えるように作られたというラベルデザイン。コエドがものづくりの国のビールであることを、強く印象付けるものだ。

金色の麦畑が広がる未来

 今、朝霧さんの最大の関心事は、「ビールの原材料そのものを作る」ことだという。今年から、東松山市の自社醸造所の敷地内で農業を始めた。多忙な業務の合間を縫って毎週一度は畑に足を運び、自らトラクターも運転する。

「土づくりから始めました。10月に、ビールの原料に使う大麦の種をまきます。まだ20アールくらいですけど、楽しみながらやっていますよ。今は、農業生産の現場に一般企業が直接携わることが社会的にも容認され、むしろそれが一つの企業のあり方であると見てもらえるようにもなったと思います。もちろん、当社のアイデンティティでもある有機農法で取り組んでいます」

 自分たちで作った原料で、本気でビールを造る。そして、さらに良質な原料を求めて本気で農業をする。そうした好循環のもとにサステナブルな形で生産体制が整えば、将来は現在の数十倍にまで耕作地を広げられる可能性もあると、朝霧さんは展望を語る。

「結果的に、地域の耕作放棄地がどんどんなくなっていくようなことになればいいですね。そして毎年5月には、金色に実った麦畑がいちめんに広がる。そんな風景を、埼玉を訪れる人に見てもらいたいです」

今こそ、地ビールを名乗る

 埼玉の有機農業から生まれたビール。世界に価値が認められた今、それこそがコエドがあらためて自負するアイデンティティだ。昨年7月、川越駅近くにブルワリーと売店(KIOSK)を併設したレストラン「COEDOBREWERY THE RESTAURANT」がオープンした。中華をベースに、地元産の食材と、協同商事の原点である有機野菜を取り入れた料理が好評だ。

 店内に入るとすぐ、ガラスを隔ててタンクが並んでいるのが見える。店内奥には、生ビールのサーバーが8本設えられていた。定番の6種類以外にも、ここでしか飲めないハウスエールや、季節限定醸造ビールなどを提供しているという。メニューは前菜から点心、肉・魚料理、麺類・飯類、デザートまで五十種類近く。スタッフに尋ねれば、飲みたいビールに合う料理、あるいは食べたい料理に合うビールを勧めてくれる。

川越駅からほど近い複合施設「U_PLACE」の1階にある

今年7月には、1周年限定醸造記念ビールも販売された 写真提供:協同商事

造りたての生ビールを、料理ごとにペアリングするのも楽しい 写真提供:協同商事

 同店は川越駅西口から歩道橋を渡ってすぐの場所にある。食事をしない日でも、KIOSKに立ち寄って好みのビールをその場でペットボトルに詰めてもらい、持ち帰ることができる。多くの人が行き交う小江戸・川越の中心に進出したことで、コエドはそのブランドのストーリーをより明確に、より身近な形で打ち出そうとしているように見える。

 プロフェッショナルとしてのビール造りを全うするため、一度は封印した「地ビール」という言葉を、コエドは決して捨てたわけではない。むしろ、地ビールという個性を、今ふたたび地域に根付かせたいと朝霧さんは考えている。

「引き出しにしまっていた言葉を取り出し、今は全力で地ビールになりたいと思ってるんです。地域の方に、ビールのある生活を提供したい。店に来れば季節の料理やビールを楽しめるし、買って帰って家で飲むこともできる。ふらっと立ち寄ったらその時の限定品が飲めたりもする。そんな楽しみが、だんだん生活の一部になっていってくれたらといつも思っています。それは、ここに住んでいるからこその楽しみ。ブルワリーがあることが、町の個性になればいいと思います」

 ラガー系のピルスナーだけでなく、多様なスタイルのビールを提案してきたコエドブルワリー。気分にあわせてビールを選んだり、ワインのように料理とペアリングすることを楽しむ人が増えれば、ビールは生活の一部になる。真の地ビールとしてコエドのブランドがいっそう輝きを増すのは、その時だ。

特別醸造ALE(エール)でYELL(エール)を送る!
「秩父夜祭エールプロジェクト」始動

祭りのにぎやかさを表現したデザインが目を引く 写真提供:協同商事

 コエドブルワリーは、新型コロナウイルスの感染拡大により延期が続いている「秩父夜祭」を応援し復活を祈念すべく、秩父夜祭エールプロジェクトを始動する。

 コエドブルワリーは、コロナ禍で全国のお祭りが延期となっていることを受け、2021年2月に「COEDO MATSURI YELL PROJECT」をスタート。第1弾は川越、第2弾は東北のまつりを支援するため「祭エール -Matsuri Ale-」を醸造し、売上の一部を主催者に寄付すべく活動している。

 第3弾となるのは、「秩父夜祭エール」だ。秩父市のブルワリー「秩父麦酒醸造所(合同会社BEAR MEET BEER)」とのコラボレーション醸造を実現。同市産の米を原材料とし、明るく淡い黄金色とクリーンな苦味、ヨーロッパ伝統のノーブルホップの柔らかいアロマを特徴とした、バランスの取れた仕上がりを目指した。秩父麦酒が使用する醸造設備は、かつてコエドブルワリーが使用していたという縁もある。

 ラベルデザインは、秩父を舞台にしたアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の秩父夜祭をモチーフにしたもので、今年は公開から10周年という節目を迎える。

 発売開始は10月8日。取り扱い店舗は、秩父市内の酒販店をはじめとする小売店や市内の観光施設、COEDO ONLINE SHOPなどを予定。店頭小売価格は税別398円。

(注釈)
※1 連作障害とは、同じ科の作物を作り続け、土中微生物のバランスが偏ることなどが原因で起きる生育不良や収量の低下する現象をいう。違う科の作物を植えることで解消・防止する。イネ科やマメ科の植物がよく植えられるが、収穫せずに土壌に鋤きこむことが多い。大麦は、それ自体が肥料(緑肥)の役割をし、根菜類につくセンチュウなどの害虫や、雑草の発生を抑える役目もある。
※2 低温で長期間発酵(下面発酵)させるラガービールの一種。世界中で広く飲まれ、日本の4大メーカーも主力商品として造っている。「とりあえずビール」といえば、このタイプを指す。

【コエドブルワリー】
https://www.coedobrewery.com/jp/ 

【オンラインショップ】
COEDO ONLINE SHOP | コエドブルワリー公式通販 (webshop-coedobrewery.com)

※現在、作家・村上春樹さんとアイデアを出し合って生まれた、村上さんがDJを務める音楽番組「村上RADIO」(TOKYO FM)とのコラボレーションビールを販売中。10月1日から予約受付を開始し、順次出荷する(売り切れ次第終了)。

執筆者プロフィール

成見智子(なるみ・ともこ)
ジャーナリスト。東京都出身。大学卒業後、旅行情報会社の編集・広報担当を経て独立。東南アジアの経済格差問題をテーマに取材活動を始め、2010年からは地域農業の現場取材をメインとする。日本各地の田畑や食品加工の現場を訪ね、産地や作物の紹介、6次産業化・地産地消の取り組みなどの現状をリポート。
成見智子


投稿順