特集:神山典士の仕事×トカイナカ構想 ~50年間の歩みを追って[中編]

埼玉トカイナカ 丘村奈央子

「神山さんの最近の動きはあまりに多岐にわたっているし、そもそもトカイナカ構想はどこから生まれたのか? いまひとつわからない。ここで最近の活動を客観的にルポしてもらったら」と、ある人のアドバイスから始まった、神山典士密着プロジェクト! ライター丘村奈央子、カメラマン北村崇が三重県松阪~志摩~長野県松本~黒姫作文教室4泊5日の旅を通して神山を「狙う!」。そこに浮かび上がった姿は……。

文=丘村奈央子 写真=北村 崇

前編から続く)

風に任せて寺社巡り

松阪市の郊外にある神山神社に続く道。ここが神山姓のルーツなのか?

 車でまず向かったのが、三重県松阪市にある飯野高宮神山神社と神山一乗寺だった。どちらも「神山」の読みは「コウヤマ」だ。この読みは珍しく、神山さんのルーツにつながるかもしれない。

 神山神社と神山一乗寺は地図で見ると200mも離れていない。しかし実際行ってみるとどちらも木々が生い茂った小山の上にあり、神社とお寺の参道入口はそれぞれ車で回り込まないと辿り着けない。両方参拝するには2回小山を上り下りするが、登山慣れしている神山さんと寺社慣れしている熊木さんはサクサクと登っていく。北村さんもロケ慣れしているのか、黙々と坂を登っている。

 一乗寺では熊木さんのアドバイスに従い、入口にあった竹の杖を2本持って私も登り始めた。一番年下で一番大仰なわりに断トツで遅い。

「おーい、大丈夫かー」
 上の遠くのほうから神山さんの声が聞こえる。
「大丈夫ですー」
 
全然大丈夫ではない。切れた息を整えて何とか声を返す。立ち止まると木陰が気持ちよく、さわさわと枝葉が風に揺れる音が耳に馴染む。しかし止まっている場合ではない。

 一乗寺の境内へ遅れて到着すると、お三方はその広さと佇まいを見てしきりに感心している。敷地には瓦葺きの日本家屋と古い鐘楼があり、奥へ歩いて行くと右手に本堂があった。ご住職によるとお堂は江戸時代に再建されたものの、鐘楼や山門は戦国時代の建築がそのまま残る。この先の一段高い山には「神山城跡」があるというので、もう一登りして見てきた。

「俺は46歳のときにもう1回登山を始めたんだよ」

 そういえば神山さんのFacebookにはいつも山登りの様子が投稿されている。「風の民」は脚が丈夫でないと務まらないかもしれない。

松阪市に残る山城「神山城」の跡。この山は霊山で8合目以上には霜が降りないという

旅の途中の出会いから物語が生まれる

 本来なら2日目は伊勢神宮へ行くと聞いていた。しかし神山さんと熊木さんが相談してコースが変わり「気になったところへ行ってみよう」という話になった。寺社に詳しい熊木さんが選んだのは、同じ敷地に寺と神社が同居している場所だ。松阪市の観光協会サイトを見ると、元々あった安楽寺の境内に後から安楽芭蕉天神が造られたらしい。整った敷地に入る。

 神山さんは絵馬に「地方創生」と書いて奉納している。熊木さんは長い祝詞を唱えてオリジナルの参拝をしている。北村さんも時折カメラを構えては景色を見ている。皆が自由に過ごしている。

 今日も予定らしい予定は決まっていない。夕飯の時間までに伊勢志摩のアトリエに行くことだけは分かっているが、それ以外は未定のふんわりとした旅だ。

 境内の外に出て幹線道路を背にすると目の前には一面に麦畑の緑が広がる。麦は稲よりも真っ直ぐで色が濃い。遠くの空で鳴いている鳥の声が聞こえて、どこかへ流れていった。こうなると、予定はあってもなくてもどうでもいい気持ちになってきた。

相対的な中心と周辺を作る

 伊勢市から車で南へ下り、志摩市へ向かう。人通りのある駅前から少し離れるとくねくねとした道に入って山裾をなぞる。「トカイナカ」というとつい首都圏のような都会と周辺を連想するが、このような地域でも「トカイナカ」の概念は通用するのだろうか。車中で神山さんに尋ねると答えは明快だった。

「地方と中央というのは相対的に考えればいいんだよ。例えば三重県なら県庁所在地の津が一番栄えているとする。だったらそこを中心に据えて、うまく周辺を盛り立てればいい」

 中心と周辺という構造に着目すれば、円の大きさはどう変えても応用できる。都心から1時間半以内とすれば「トカイナカ」になるし、もっと狭く「東京都千代田区と周辺地域」と設定しても中心とその周りとして関係を構築できる。「三重県津市と周辺地域」でも実現可能だ。

「トカイナカ」という言葉は「田舎暮らし」や「脱都会」のような言葉とも結びつけられやすい。ギスギスした都会暮らしを離れて自然に囲まれた健康的な暮らしに完全移行する、そんなイメージもあるかもしれない。

 しかし神山さんの著書や記事を読むと、神山さんの「トカイナカ」は中央を捨てていない。もちろん今よりも中央から一定の距離を作る・離れるという行動は伴う。その上で中央とも往来を保とうとする。どちらの文化もそれぞれ尊重しつつ、少し力を失っている周辺の文化に刺激を与えていくのが主眼だ。やはり「風」のように双方を行き来する振る舞いが核にある。

 2日目の夕方に訪れた伊勢志摩の「アトリエ・エレマン・プレザン」では、ともに画家である佐藤肇さん・敬子さん夫妻が出迎えてくれた。小柄なお二人とも、おそらく私の親と世代は同じだろう。

 坂の途中を開いた土地には木造のアトリエと母屋と離れが建っている。庭は表情の違う豊かな草木に囲まれ、中央では身丈をはるかにしのぐカロライナジャスミンの木がこぼれるような黄色い花で満ちていた。

 肇さんと神山さんのご縁ができたのは、夫妻が2009年に『いいんだよ、そのままで』(アスコム)を出版したときだった。ここはダウン症の人たちを中心としたプライベートアトリエで、展示会で作品に惹かれたアスコムの社長さんが出版を勧めたという。取材・構成で神山さんが入り制作が進んだ。肇さんは神山さんについて「気楽で構えないから何でも話せるね」という。

アトリエ・エレマン・プレザンの2階にあるリビング。ここから見下ろす英虞湾の風景が素晴らしい

 道を下って離れの地下ギャラリーへ行くと大きなテーブルに数々のおかずが並んでいる。地元で「農家民宿 まはな」を経営する大西せつをさん・きみこさん夫妻が自慢のマクロビオティック料理を準備してくれたのだった。

 志摩のちらし寿司、しゃぶしゃぶわかめ、あおさの白味噌汁、ピリ辛こんにゃくやスモーク豆腐など、絶対に家では食べられないラインナップだ。揚げたての胡桃の芽の天ぷらは柔らかく、甘みの中に少しだけ春の苦みがあってつい手が伸びる。調味料は要らない。山盛りの竹の子の煮付けがお鍋から配られるとマスク越しにも甘辛い香りが届いた。

 せつをさんも1960年代に東京の高校を出て故郷である伊勢志摩に戻ったらしい。神山さんはさっそく肇さんやせつをさんを相手に「トカイナカ」について熱く語っている。

アトリエ・エレマン・プレザンの佐藤肇さん

「農家民宿 まはな」の大西せつをさん・きみこさん夫妻。日常という名の舞台の名優たちだ

アトリエ・エレマン・プレザンでは佐藤代表といえども作品の奴隷。アーティストはさっと描き始めて無言で筆を置く。それが作品完成の合図だ!

「白場」を描く才能

 今回のアトリエ訪問ではワークショップの見学もできた。制作に訪れたアツコさんは41歳、コウジさんは38歳、私とも世代が近い。

 19時過ぎに行くとすでに北村さんが撮影を始めていた。アトリエの中央には回転する円卓があり、上に色とりどりの器と筆が載っている。絵を制作する手順はシンプルだ。席に着き、見開き新聞紙ほどの白い紙を渡されると、二人ともすぐに色の器から筆を取って描き始める。筆運びもシャッと大胆だ。

 事前の情報から、彼らの制作には「構えがない」という話は聞いていた。私たちが何か絵を描こうとするとつい構えてしまう。上手く描こうとか、そもそも何を描けばいいか浮かばないとか、構える理由はたくさんある。しかしアツコさんもコウジさんも「紙が来る、色の器を選ぶ、描く」という一連の行為に何もつっかかりがない。ためらわない。

 迷いのなさでは棟方志功の姿を思い出す。ただ、アツコさんもコウジさんもあの「必死さ」は全くない。もっと筆が舞うように、色を楽しむように描いている。今は赤、次は黄色、次は青、そしてまた赤。出来上がる世界はとてもカラフルだ。

 肇さんは二人の絵について、アツコさんは「物語」を描き、コウジさんは「テーマ」を描くという。確かにアツコさんは「誰と」や「どこに」という関係を絵にする。コウジさんは色と構図が魅力的な絵で、「この色と形がここにあると気持ちいいだろうな」と思われるところに的確に筆が入る。ツボにはまるのだ。

 ワークショップは一応2時間。その日アツコさんは8枚、コウジさんは6枚を描き上げた。

アツコさんの作品。アトリエ・エレマン・プレザンの作品、ポストカードは本サイトで販売している。

アトリエのエース、アツコさん。ためらいのない筆さばきの名手。毎年、神山さんのもとにお手製のカルタを送ってくれるという

 肇さんは二人の絵について「白場を描ける」という言い方もした。色を付けるというより白い部分を構成する力に長けている。これは美術や絵画に通じている人であればパッと見てすぐ分かる特徴で、優れている部分なのだという。

だからこそ作品を美術のプロフェッショナルに見てもらいたいという思いがある。ただし「障害者アート」や「アール・ブリュット」という括りとは違う。その種のタグによってではなく、作品自体が人の心を動かす魅力を持っている。

「何だか分からないけれど、何かがある」
 
肇さんが言うその感覚は制作現場を目撃するとスッと理解できた。コウジさんの肩越しで、次にどんな色がどこに置かれるのかワクワクしながらずっと見ていられた。そして置かれた色は納得できる場所と形で一筆ごとにはまる心地よさがある。それが手早い。作品だけでなくこの時間感覚もライブのように一緒に伝えたいと肇さんは話す。
 
しばらく見ていて、彼らには「絶対音感」に似た「絶対色彩感」や「絶対構図感」のようなものが備わっているのではと思えた。その特性を持つ人がたまたまダウン症の人たちに多いのであって、ダウン症の人が描いたという看板を先にすると順番が逆だろう。

 アトリエ作品は本サイトでも紹介されている。
オンラインショップ

後編に続く)

特集:神山典士の仕事×トカイナカ構想[前編]
特集:神山典士の仕事×トカイナカ構想[中編]
特集:神山典士の仕事×トカイナカ構想[後編]

執筆者プロフィール

丘村奈央子(おかむら・なおこ)

1973年生まれ、長野県松本市出身。親の転勤により鶴ヶ島町(現・鶴ヶ島市)に在住経験あり。信州大学卒業後、新聞社の広告営業職から編集職を経て2010年からフリーライター。主に一般企業のサイトや広報誌などを手がける。著書『「話す」は1割、「聞く」は9割』(大和出版)など。

https://edi-labo.com/



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