2022年NHK大河ドラマ<鎌倉殿の13人>。戦国時代の豪族の群像劇。脚本は三谷幸喜。埼玉比企郡由来の比企氏は、実は鎌倉幕府の影の立役者で鹿児島薩摩藩の始祖でもあった。埼玉県民欣喜雀躍のドラマが始まる。
文=神山典士
役者人生のスタートはダメダメだった
「一歩間違っていたら、執権は北条でなく比企だったかもしれません。歴史の裏には必ず涙をのんだ悲運の敗北者がいます。そうした歴史の表舞台に立てなかった人物を演じるのは、ある意味、役者冥利に尽きます」
2022年放送のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で、幕府を支えた有力御家人の一人、比企能員(ひき・よしかず)を演じる佐藤二朗はNHKのサイトにそうコメントを出した。いったい佐藤二朗とはどういう役者なのか、どんな歩みをしてきたのか?
将棋の駒顔で7頭身、二枚目とは言えずしゃべればどもる。信州大学在学中には「山脈」という学生劇団には「怖くて入れず」、就職後は土日に芝居を続けようと思っていた。その希望を正直に語って就職面接では25回落ちる。
リクルートに入社するも初日で退職。文学座附属演劇養成所に入所するも、1年後入団試験に落ちる。別の劇団に入るも1年で退団。全くダメダメな役者人生のスタートだった。
だが役者という職業に対しては、こんな言葉を残している。
「ぼくがこの世に生を受けた意味は演じることだと子どもの頃から思っていました。小学生の時、自分でセリフを書いてカセットテープに吹き込んで、ぼくを使ってくださいという手紙を添えて山田太一さん、倉本聰さん、杉田成道さん、鴨下信一さんらに送ったことがあります。本当に馬鹿としかいいようがないんだけれど、昔から根拠のない自信があって」
埼玉比企郡の雄、比企能員を演じる佐藤二朗 写真提供:NHK
周囲を和ませ、奮起させ、優しさを残す稀有な存在
かすかに光が当たったのは20代後半のこと。人気劇団「自転車キンクリート」の演出家、鈴木裕美に誘われて入団。その舞台を見た演出家、堤幸彦が『ブラック・ジャックⅡ』に医者役で起用。08年、38歳で地上波ドラマ初主演、映画『memo』で監督・脚本・主演を務め、湯布院映画祭に招待。有力事務所にスカウトされ、以降テレビ、映画、バラエティー、CMと八面六臂の活躍が始まる。
「ぼくは物語の最後に今まで抱えていた問題が全部取り払われてめでたしめでたしとなるお話にはあんまり興味がなくて、グッとくるのは負を抱えた人たちが、何一つ問題は解決していないし、昨日と同じように今日も障害が目の前に立ちはだかっているのだけれど、それでも明日はちょっと生きてみようかと、そんなふうに思えるお話しなんです。(中略)暗い澱の中に閉じ込められている人たちが薄くてもいいからほんの少し光が見えるような、そういうお話を書きたいと思っていました」
まるで自分自身のダメダメ人生をなぞるような物語への憧れを、佐藤は語る。だがその人格への周囲の信頼は高い。共演した女優は、佐藤のことを「雲」と言う。「雨を連れてきてくれるし、太陽も見せてくれる。いろんな季節だって連れてきてくれる」。佐藤は役者としてはコメディーもシリアスも演じ、映画監督も脚本執筆もバラエティーもできる。そんな佐藤の才能が「雲」に通じるところがあるという。
「徳」が佐藤を表すには相応しいと語るスタッフもいる。テレビ局のスタジオで、佐藤はスタッフの名前を全員覚える。ADが変わったら気がつき、技術や美術さんにも「髪切りました?」と声をかける。そういう存在が場を和ませる。佐藤はそんな「徳」をもっているというのだ。
一方で、佐藤を「怪物くん」と語るスタッフもいる。恥を恐れず愚直に挑戦的な演技を繰り返す。トライ&エラーの姿勢が、後輩たちを奮起させる。そんな「怪物」なのだ。
コラムニストの吉田潮は、佐藤を評してこう語る。「見るからに穏やかで優しい、のではない。後味がとても優しい。そんな優しさでできている」と。
そんな周囲の評価を知ってか知らずか、佐藤は「鎌倉殿」への抱負をこう続ける。「精いっぱい歴史の裏側、影を輝かせたいと思います」。
佐藤演じる比企能員は、まさに鎌倉期の悲劇のヒーローだ。演出家の三谷幸喜がその役に佐藤をあてたのは、佐藤の屈折の深さを買ってのこと。
その屈折、凶々しく──。
※文中敬称略、参考・「SWITCH」第5号(21年4月発行)、東洋経済オンライン(2021年7月10日)
【特集】NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」:
神山典士(こうやま・のりお)
ノンフィクション作家、埼玉トカイナカ構想代表。1960年生まれ、埼玉県出身。入間市立豊岡小・豊岡中、埼玉県立川越高校卒業。ときがわ町トカイナカハウスでの生活を満喫中。美味しいうどんや野菜、懐かしき昭和テイストの温泉、移住者たちとの交流、あとは地元の皆さんとの交流を画策しています。著書に『成功する里山ビジネス ダウンシフトという選択』(角川新書)など多数。また、来春に『トカイナカ暮らしの流儀』(仮題)を上梓予定。