美食ガイド『ゴ・エ・ミヨ』も認めた埼玉県産食材の魅力

2021年2月発売の『ゴ・エ・ミヨ2021』日本版

 さいたま市大宮区のイタリアンレストラン「バール&トラットリア ディアボラ 大宮店」が今年、フランスの本格レストランガイド『ゴ・エ・ミヨ2021』日本版に初掲載された。伝統的なイタリアンのレシピに埼玉県産の野菜や肉などをふんだんに取り入れ、食材の魅力を最大限に引き出していることが、「特筆すべき美点のある店」として評価されている。

 この店を含め、埼玉県内で経営する8店の飲食店で地産地消を実践しているのは、株式会社ノースコーポレーション(本社:さいたま市浦和区)。2019年からはワイナリーと提携して秩父市にも出店し、ワインや醤油などの発酵食を観光資源として活用する「発酵ツーリズム」の拠点をめざすなど、県産品の観光コンテンツ化にも力を入れている。

 連載第1回は、ソムリエとしても活動する代表取締役・北康信さんへのインタビュー。食を通じて「埼玉愛」を育む熱い思いを語ってもらった。

写真・文=成見智子(ジャーナリスト)

第1回 地産地消の仕掛人 ~ノースコーポレーション代表取締役・北康信さん

ご当地食材は飲食店の看板の一つ

――本場イタリアで見るような、彩り鮮やかな野菜をたくさん使った料理が評判です。2013年にさいたまヨーロッパ野菜研究会(ヨロ研)を発足させたことで実現した地産地消は、事業や地域にどのような波及効果をもたらしましたか。

 本場に近い料理を出すため、以前はコストをかけてイタリアから野菜を空輸していましたが、輸送に時間がかかるので鮮度が落ちてしまうものもありました。ヨロ研の発足で、地元の農家が作った新鮮なヨーロッパ野菜を使えるようになり、現場のシェフたちは喜んでいますし、お客さんからも好評です。農家は、未知の野菜の栽培に最初は苦労しましたが、食べている人の笑顔とか楽しそうな様子を目の当たりにして、自分たちの仕事の成果や存在意義を感じています。

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ノースコーポレーション社長・北康信さん。23歳で起業し、現在埼玉県内に8軒の飲食店を展開する。ソムリエとしても20年近く活躍 写真提供:ノースコーポレーション 

 農家メンバーの畑の多くは、さいたま市岩槻区にあります。昨年、岩槻区内に『ヨロ研カフェ』をオープンしたのですが、とてもいい感触を得ています。イタリアンやフレンチの店が多い浦和や大宮では、ヨーロッパ野菜はかなり知られていますが、岩槻では地元の人から「畑にけったいな野菜が植わっている」なんて言われることもあったんです。ヨロ研カフェができてからは知名度が上がってきましたし、なにより農家の子どもたちが、「お父さんはこれを作ってるんだ」と自慢に思ってくれるようです。

 生産地と消費地が最短で結ばれていることが、埼玉ならではの強みですね。埼玉なら、1000円前後のランチセットでも彩り豊かなサラダをたっぷり提供できる。でも都心では、2000円くらいのランチでないと、同じものは出せないでしょう。ヨロ研は、売り手と買い手、そして地域にもメリットがある「三方よし」を体現しているんです。

――『ゴ・エ・ミヨ』では、ヨロ研の野菜とともに、県産の黒毛和牛ブランド「武州和牛」についても言及されていましたね。

「埼玉に行っても何を食べたらいいのかわからない」という声が、以前からありました。武州和牛は、それを受けて力を入れてきた食材です。「埼玉といえばこれ」という食材をどうプロデュースするかを考えた時、本能的によだれが出るような食材がいいと考えました。「おいしいものは、脂肪と糖でできている」なんていうCMのコピーもありましたよね(笑)。

「ご当地牛」があれば、飲食店の一つの看板になるし、観光や出張で訪れた時の食事の楽しみの一つになると思ったんです。他銘柄より肥育期間を長く設定し、過度なストレスを与えずに育てられた武州和牛は、脂身に甘味があり、味わい深い肉です。

 ただ、埼玉県には黒毛和牛の処理場がないので、ブランド牛でなければ他の銘柄と一緒に東京の芝浦(東京都中央卸売市場食肉市場)に出荷され、枝肉になって競りにかけられてしまう。地元の生産者を応援し、観光コンテンツとして知名度を上げるため、当社では競りに参加して指名で一頭買いし、従業員が厨房で部位ごとに切り分けます。大きな塊で焼き、スライスで提供する「タリアータ」は、看板メニューに成長しました。

ゴ・エ・ミヨでも言及されていた武州和牛。タリアータ(ステーキ)やボロネーゼパスタとして供されている 写真提供:ノースコーポレーション

地ブドウを使ったワインを知ってほしい

――2年前から、ワイナリーと提携し、秩父市にも出店しています。

 秩父市下吉田の「秩父ファーマーズファクトリー 兎田ワイナリー」は、醸造施設とは別に、ワインや特産品の販売と飲食を提供する施設を運営していました。でもメニュー開発や店舗の内装まで手が回らず、採算が合わないので、レストランを当社でやってくれないかと相談がありました。

 日本国内で地ブドウを使って醸造しているワイナリーは全体のわずか5%ですが、兎田ワイナリーはその一つで、県内では唯一の存在でした。本来あるべき姿でワイン造りをしているワイナリーをもっと知ってもらうためにはどうしたらいいか、と考えました。まずは客として行ってみたのですが、ワインと食事を楽しむ“非日常の空間”を演出するためには、店舗の改修を含めたリニューアルをする必要があると思いました。そうなるともう単なるテナントではなく、一蓮托生でやるしかない。ワイナリーからレストラン部門を事業譲渡してもらい、業務提携という形で「ツーリストテーブル 釜の上 秩父うさぎだ食堂」をオープンしました。

 地元の農産物を使い、秩父の郷土食をベースにイタリアンのアレンジを加えたメニュー開発をしています。たとえば、秩父の郷土食である「わらじかつ」。見た目は市内の他の店とあまり変わりませんが、トマトをトッピングし、たれにバルサミコや赤ワインを使っていますから、ワインに合うんですよ。すぐ近くにある「秩父やまなみチーズ工房」とも提携して、チーズの盛り合わせも提供しています。

左/郷土食をイタリアンテイストにアレンジしたわらじかつ丼。右/木の温もりを感じる明るい店内は、ゆったりとくつろげる座敷席もある

――飲食店経営者として、ソムリエとして、ワイナリーとどのような関係性を築いていますか。

 事業を引き継いだ以上、飲食はしっかりプロデュースしていきます。ソムリエとしては、埼玉の食に、埼玉のワインを合わせたいという思いがありますから、商品の提案をすることもあります。昨年は、山岳信仰が根付く土地柄と、ここでとれる鹿肉などのジビエに合うワインを造ろうと提案し、秩父神社御奉納「鎮守乃杜熟成ワイン」をコーディネートしました。

 秩父神社でお祓いをしてもらい、本殿の地下で熟成させています。熟成そのものによる期待値というよりも、その場所が由緒ある神社の地下であるということに、秩父産ワインとしてのストーリーがあると思います。ラベルデザインは、秩父神社の薗田建権宮司に揮毫していただいたものです。

 秩父には野生の鹿が約1万頭いるといわれ、害獣として駆除の必要性を訴える声は年々大きくなっています。このワインはそうした地域課題の解決にもつながるものと考え、鹿肉に合うようにセパージュ(ブドウの品種)のバランスを決めて、しっかりめの味にしました。日本のワインとしては、果実のボリューム感もアルコールのパワフルさもあり、ジビエ料理をターゲットに造ったことが感じられる仕上がりになっていますね。

 兎田ワイナリーの年間製造量は、約3万本です。規模からいっても、大手ワイナリーに対抗するとか、世界のワイナリーをめざすということではないですね。埼玉にある数少ないワイナリーの一つが、地元のブドウで造ったワインの魅力を、埼玉のみなさんに知っていただく。新しいボトルがリリースされたら、買いに行きたいとか、畑の様子を見たいとか思ってくれるファンをつくれるように、きちっとやっていくべきでしょう。できればそこで、ブドウ畑の空気を吸いながらワインを味わってもらえたら、それは最高の贅沢だと思います。

秩父神社で熟成された兎田ワイナリーの鎮守乃杜熟成ワイン

「食」で季節を感じ、旅を楽しむ流れをつくる

――秩父出店を機に、県の物産観光協会「彩の国DMO」にも入会されました。今後どんな展開を考えていますか。

 下吉田とその周辺は、ワイナリーの他、蒸留所、ブリュワリー、酒蔵、チーズ工房など発酵食品の製造者が集積しています。それぞれの持ち味を出しあって数々のコラボレーションが生まれていて、大人が「発酵ツーリズム」を楽しめる魅力的な観光地なんです。

 ただ、足を運んでもらうためには、二次交通問題をなんとしてでも解決しなければなりません。秩父駅や西武秩父駅までは来られても、そこからの交通手段が限られているからです。DMOでは今、観光地版のMaaS(※)の導入なども議論されています。「発酵ツーリズム」の拠点をめざしながら、地域の課題も解決する。川上と川下の両方から取り組んでいきます。

 コロナ禍でマイクロツーリズムが注目されていますが、食材というのがキーワードになって、地元に目を向けるすごくいい機会だと思います。埼玉県の人が繰り返し秩父に来て、「食」で季節を感じ、旅を楽しむという流れをつくりたい。自分たちが埼玉県の良さをいちばんわかっていて、しかもそれを享受できる立場にあるんだと知ってもらいたいんです。

 秩父は広く、自然豊かで、下吉田以外にも面白い観光スポットがたくさんあります。隅々まで足を延ばすことができたら、きっとこれまでの2倍も3倍も旅を楽しめますよ。

日本酒の「秩父錦」、ウィスキーの「イチローズモルト」などとともに、兎田ワイナリーのワインも秩父神社に奉納された(右から2番目)

――学生時代に起業し、今年で創業27年目を迎えます。経営者としてどのような使命を感じますか。

 地元で建設会社を経営する父は、「地域のために汗をかけ」と常々言っていました。23歳で起業し、第1号店を一度も黒字にできずに1年が経った時、ぼくはそれを思い出し、社会から求められる人間、地域から必要とされる企業にならないと生き残れないと強く思いました。

「食を通じて地域を創るカンパニー」という理念を掲げています。地元の食材を、地元の友達や家族に楽しんでもらうことに喜びを感じ、またそうしたつながりを大切にできる人たちが入社してくれるのが理想の形ですね。住んでいる人たちが、地域を誇りに思い、自慢できるような郷土愛を醸成するために自分たちがあるんだと、従業員には繰り返し伝えています。そしてその実践のために大事なのは、まず自分が能動的に動くことだと思っています。

※MaaS(Mobility as a Service)とは、電車、車、飛行機、ライドシェアなどあらゆる交通手段をICT(情報通信技術)で統合し、アプリなどを使って効率的かつ便利に利用できるシステムのこと。

【ノースコーポレーション】
http://north.co.jp/
*各店舗については「店舗一覧」参照

北康信(きた・やすのぶ)
1972年、さいたま市生まれ。株式会社ノースコーポレーション代表取締役、一般社団法人日本ソムリエ協会理事。さいたま市立浦和高等学校を卒業後、東洋大学経済学部在学中の95年に起業。さいたま市内を中心にレストランを展開、朝霞市や秩父市にも出店して現在8店舗を運営中。2013年、さいたまヨーロッパ野菜研究会(ヨロ研)を発足し会長に就任。17年から「さいたま市長杯 さいたまヨーロッパ野菜料理コンテスト」を開催。18年からはシェフクラブSAITAMA事務局長として「さいたま市学校給食統一献立 ~10万人でいただきます!給食~」の開催を推進した。その他、食を通じた地域活動に積極的に取り組む。

【特集】美食ガイド『ゴ・エ・ミヨ』も認めた埼玉県産食材の魅力:

  • 第1回 地産地消の仕掛人 ~ノースコーポレーション代表取締役・北康信さん
  • 第2回 長期肥育でじっくり育てた、味わい深い「武州和牛」 ~尾熊牧場(深谷市)の尾熊将雄さん、尚子さん
執筆者プロフィール

成見智子(なるみ・ともこ)
ジャーナリスト。東京都出身。大学卒業後、旅行情報会社の編集・広報担当を経て独立。東南アジアの経済格差問題をテーマに取材活動を始め、2010年からは地域農業の現場取材をメインとする。日本各地の田畑や食品加工の現場を訪ね、産地や作物の紹介、6次産業化・地産地消の取り組みなどの現状をリポート。
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