特集:生産者とレストランがつながり その地域ならではの魅力を発信

文=松本美保(レストランPR & コーディネーター)

音羽和紀シェフ 写真提供:オトワクリエーション

「地元の食材を使用することがブランド。食と農と観光をリンクさせることが発信力となる」

 こう語るのは、宇都宮のフレンチの名店「オトワレストラン」のオーナーシェフ・音羽和紀氏。

「ルレ・エ・シャトー」(一流のホテル、レストランで構成される世界的な非営利会員組織)世界大会の東京開催イベントなどでお世話になる音羽シェフが、比企郡ときがわ町にある「トカイナカハウス」を来訪、「地産地消の40年~生産者食材地域の食文化に教えられたこと」と題して講演した。

「私は〝オトワ三兄弟〟の出来の悪い長男です」と、常に2人の息子さん、長男・元さん(同レストラン料理長)と次男・創さん(料理人兼サービス)との間柄を笑顔で話す音羽シェフ。「厨房のダヴィンチ」と称される故アラン・シャペル氏に日本人で初めて師事した料理人。その「アラン・シャペル」で修業するきっかけとなったエピソードは、意外なものだった。

伊達鶏・とちぎ野菜いろいろ 写真提供:オトワクリエーション

◇ ◇ ◇

 私は小学6年の頃から、海外に興味を持っていました。23歳で渡欧後、ドイツで2年間を過ごし、仕事の傍ら、空手や生け花を大学で教えて生活をしていました。その後、スイス・ジュネーブのジャック・ラコンブ氏の「リヨンドール」へ。そこで働きながら、当時三ツ星を取ったばかりで、最年少「M.O.F.」(フランス料理界最高峰の称号)に輝いたアラン・シャペル氏のもとで修業をしたいという一心で、フランスへ直談判に通い続けました。

 4度目に訪れた時、シャペル氏から色よい返事がないのにもかかわらず、「本当にありがとうございます。日本の家族とお袋が喜びます」とお辞儀をして帰路に。そしてラコンブ氏にも「決まった」と伝えてしまったのです。翌日、ラコンブ氏からシャペル氏への一本の〝お礼〟の電話で、修業が実現することになり、3年半の間お世話になりました。その後、「ミッシェル・ゲラール」などの名店で修業して帰国。1981年、宇都宮にレストラン「オーベルジュ」、今の「オトワレストラン」をオープンしました。

 このヨーロッパでの修業時代に経験した「地域とレストランとの関係性」が、現在の私の活動の原点、40年間こだわり続けてきました。高校生向けの料理教室を開いたり、若手の生産者同士の交流を深めるための忘年会の開催など、地域とのつながりや食文化を深める活動に取り組んできました。生産者の中には、地元はもとより自身が食材を提供する東京都内のレストランまで積極的に足を運び、食事をする人もいます。フランスのように、生産者も料理を理解することにより、更なるビジネスにつながると気づいたのでしょう。

 最近、「ローカルガストロノミー」をテーマに地方へ行く機会が増えました。そんな時、思い出すのが1972年に憧れて訪問した「オーベルジュ・ド・リル」です。スタッフが民族衣装を着て、その土地の特徴のある料理を出していました。食は地域のコンシェルジュであり、地域の魅力発信に適しています。生産者と関わりがあるからこそ、観光スポットと同様の発信力も持つのです。そして、昔から変わらず思うことですが、子供たちの代もこのバトンをつないでほしい、そう願っています。

執筆者プロフィール

松本美保(まつもと・みほ)

レストランPR & コーディネーター。 外資系船舶会社勤務を経て、仏料理学校へ。スイスの三ツ星店で見習いを経験、帰国後「ミクニ」「ブノワ」で研鑽を積んで独立。「ミッシェル・トロワグロ」「ティエリー・マルクス」などのレストランPR、海外シェフ招聘のコーディネートに携わる。2017年より「ルレ・デセール」日本事務局担当。

松本美保
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