埼玉県内で最初に市制がスタートした川越市は、2022年には市制100周年を迎える。圏央道も近く、都会と田舎の要素をバランス良く内包する「トカイナカ」として、注目度も高い。環境面では、脱炭素社会を実践できるのが、トカイナカでもある。そこで、近未来型の地域の在り方を示唆する川越市をフューチャーしてみた。
文=福﨑 剛(ジャーナリスト) 写真=北村 崇
魅力ある“トカイナカ”
埼玉県・川越市は、2020年1月に発表された株式会社ブランド総合研究所の「市版SDGs調査2020」(第1回参照)で、日本一に選出された。最近では田舎と都会の要素を併せ持つ魅力のある「トカイナカ」としても注目されている。今回も、川合善明市長のインタビューから、人気の川越市の現在から未来を見据えてみよう。
脱炭素社会こそが、「トカイナカ」だ
あらゆるモノや人が集積する大都市は、膨大なエネルギーを消費する。地球温暖化によって都心ではヒートアイランド現象が起こり、ゲリラ雷雨とも呼ばれる局地的な集中豪雨も珍しくなくなった。気象予報士の中には「日本は亜熱帯気候になった」とまで言い切る人もいる。地球温暖化の原因の一つとされる二酸化炭素を減らすためは、人々の集積を避けるべきだろう。
また、中国の武漢市から広がった新型コロナウイルスによる世界的パンデミックは、社会の在り方を根本から見直させた。都心回帰に拍車がかかっていたが、都心回帰は三密になりやすく、パンデミックを広げることになりかねない。三密を嫌う今、郊外や地方への分散がトレンドになりつつあるのだ。
都会と田舎の両方のメリットを享受できる点で、「トカイナカ」には自然が残っており、都市のようなヒートアイランド現象も起きない。人工的な緑地を造成しなくていいこともあり、水や空気の循環がスムーズに行われている環境がある。生態系から見ても都心よりも多様性があり、人間を含めた動植物にとって住みよいといえるだろう。
未来に向けた環境づくり
「前の市長は環境問題への関心が高く、『1%節電運動』というものを始めたり、太陽光発電システム普及のために補助金制度をつくったりして成果をあげてきました。その志は今も受け継いでいて、1%節電運動に端を発した省エネルギー事業は引き続き実践していますし、すべての市立の学校の屋上には太陽光パネルを設置して、発電をしています。これは環境教育の観点から行っているものです」(川合市長)
川越市長 川合善明氏
1950年生まれ、川越市出身。1979年から弁護士として活動し、2009年に川越市長として初当選。2021年2月8日より4期目を担う
川越市内の市立学校のすべてで学校版環境ISOともいえる「エコチャレンジスクール」を実践し、小学生の頃から環境問題を身近な課題として学べるようにしている。環境問題は、簡単に解決できる課題ではなく、解決への努力を続けることで少しずつ成果をあげる。だからこそ、子どもの頃からの環境問題への意識付けが重要だと考えているのだ。これもまさにSDGs(持続可能な開発目標)の取り組みといえるだろう。
市内の事業者にとっても環境問題は避けて通れない。環境省が策定し、社会全体の環境負荷の削減と経済の活性化を両立している企業を対象に認定する「エコアクション21」では、川越市内の25社がすでに認定登録され、事業者たちの意識も高くなりつつある。このほかに、川越市が具体的に環境問題の解決に寄与する事業を実践していると川合市長は話す。
「2014年から太陽光発電事業者に、多くの発電パネルを設置できる市内の遊休地を貸し出し、賃料を得ながら太陽光発電を支援する事業もすすめています」
土地の有効利用でクリーンエネルギーづくりを支援し、環境保全に貢献している。過去には、バイオマス発電や直径が1〜2メートルもある水道本管の水流を利用した水力発電なども検討したという。しかし、いずれも問題があった。
「再生可能エネルギーを活用することは大切ですが、やはりコスト意識を抜きには出来ませんから」と、運営コストに関する意識は高い。市政を預かるトップとしては当然のことだろう。今後は政府が主導するエネルギー基本計画で進める水素社会 の実現に向けた取り組みについても研究してみたいという。
市制100周年の先へ
2022年には川越市は市制100周年を迎える。埼玉県内でも主要な拠点都市として、独自の存在感を放ってきた川越市。地域経済の中心として、様々な商業が発展し、数々の職人技が受け継がれてきた歴史もある。これからの未来に向かってどのような市制を目指すのか、川合市長は言う。
1789(寛政元)年創業の蔵元・笛木醤油が造る「金笛醤油」の直売店
「少子化で人口減少の時代を迎え、大きな発展は難しいでしょう。産業面では工業団地を整備したり、街中の古民家を再利用して新たな商業施設に転用することは考えられます。しかし、隣のさいたま市や東京のように既に大きな工場があって、いろいろな企業がたくさんある都市と同じ方向性で競っても追いつき、追い越すのは難しい。そこで、川越の古い伝統を活かした新たな文化をつくり出したり、そうした文化の発信場所になるまちづくりを目指すのも一つの方向性だと思います」
小江戸と呼ばれる川越では、伝統的な織物の「川越唐桟(かわごえとうざん)」をはじめ、提灯師、押絵羽子板師、曲物師、表具師のほか、竹細工職人や大工や家具職人、瓦職人など、きめ細かな手仕事が今も職人技として大切に受け継がれている。こうした職人技を体験できる公開講座が、NPO法人川越蔵の会によって開かれるなど、地道な活動も行われている。
また、旧川越織物市場をアーティストやクリエイターの活動拠点として整備したり、「蔵の町 川越」ブランドの向上を目指すクラウドファンディングによる起業家の支援など、新たな文化・価値創造の発信にも取り組み、観光資源と併せた魅力あるまちづくりを目指している。
「100年先を見据えて事業や政策を考えるのはなかなか難しいですが、川越市はいろいろな面でバランスが取れたまちだと思います。そのバランスの良い状態は、これからも続けていくことができると思いますし、ぜひ続けていきたいですね」と、川合市長は締めくくった。
世界的なパンデミックで都心回帰が崩れ、郊外や地方の「トカイナカ」が注目され始めた。これからの川越市のまちづくりは、近未来の地方都市の進むべき好事例の一つになりそうだ。
おわり
【特集】SDGsランキング“日本一”のまち川越市が描く「地方都市」の近未来:
執筆者プロフィール
福﨑 剛(ふくさき・ごう)
フリージャーナリスト。鹿児島県生まれ。東京大学大学院修了(都市工学専攻)。日本ペンクラブ会員。マンション管理問題、景観保全のまちづくり、資産価値の高い住宅の選び方などを都市計画的な視点でわかりやすく解説。2021年2月に山を買う際のさまざまな情報をまとめた『山を買う』(ヤマケイ新書)を刊行。そのほか『マンションは偏差値で選べ!―—資産になる永住マンションの見つけ方』(河出書房新社)、『新築・中古 本当にいいマンションの選び方』(住宅新報社)など著書多数