埼玉県内で最初に市制がスタートした川越市は、2022年には市制100周年を迎える。圏央道も近く、都会と田舎の要素をバランス良く内包する「トカイナカ」として、注目度も高い。近未来型の地域の在り方を示唆できるであろう川越市をフューチャーしてみた。
文=福﨑 剛(ジャーナリスト) 写真=北村 崇
魅力ある“トカイナカ”
埼玉県・川越市は、今年1月に発表された「市版SDGs調査2020」(株式会社ブランド総合研究所)で、日本一に選出された。最近では田舎と都会の要素を併せ持つ魅力のある「トカイナカ」としても注目されている。
今回は、川合善明市長のインタビューから、人気の川越市の現在から未来を3回に分けて語ってみよう。
子育て支援で高い評価
川越市長 川合善明氏
1950年生まれ、川越市出身。1979年から弁護士として活動し、2009年に川越市長として初当選。現在3期目
「市政を預かる身としては、思いがけずSDGs調査で日本一に輝いたのは、光栄ですね。市民の皆様の幸福度が高いのは、素直にうれしいことです。これまで大きな施策の一つに掲げていたのは、子育てがしやすいまちづくりです。待機児童対策に取り組み、この12年間で保育所の定員を約3000人増やしました。その結果、2020年4月時点で待機児童2人まで減りました」と、川合善明市長。
その政治姿勢は、市民との対話を大切にし、市民福祉のサービスを向上させることにある。
例えば、多くの市町村が課題にしている待機児童解消に向けて、保育所や地域型保育事業所、さらに教育と保育の機能を持つ「認定こども園」を整備することで、子どもの年齢にふさわしい教育と保育の環境を提供している。子育て支援を充実させる施策は、これにとどまらない。
時が人を結ぶまち川越
東京から電車に乗れば、30分程度でアクセスできる川越市。東京が江戸と呼ばれていた時代の面影を色濃く残し、別名「小江戸川越」と言われるのは広く知られている。観光資源として挙げられるのは、例えば「時の鐘」や蔵の街並みなどだ。特に、時の鐘は400年近く前に、当時の川越城主であった酒井忠勝が創建した鐘楼で、いまでは川越市のシンボル的存在になっている。
現在の「時の鐘」は1893年の川越大火の翌年に再建されたもの
「時は金なり」というように、昔から商業が盛んであった地域だったこともあるが、実際に商家の建物が多く残っている。川越に土蔵造り、いわゆる蔵が多いのは、1893(明治26)年の大火があり、復興する際に耐火建築をしようと考え、土蔵造りが採用されたのである。それが今では、蔵のある街並みとして注目され、国内外から多くの観光客が訪れるようになった。
ところが、もともとは蔵の街並みなどは過去の時代の遺物で、観光資源とは思われていなかった。
市民団体が古い城や景勝地を買い取り、貴重な文化財を守ろうというイギリスの「ナショナル・トラスト運動」に端を発している。この考えが1970年代に日本にも広まりはじめ、市民の間でも問題意識を持つ人たちが出てきた。1983年には「川越蔵の会」が設立され、地元で商売をしている人や地元有志、専門家、学識経験者などが参加して、歴史的な街並みを残そうという気運が高まったのである。
今でこそ観光資源が豊かな川越市だが、蔵の街並みを残そうという気運を醸成出来たことは、日本のまちづくりに対する考えの転換を促し、他のまちづくりへも影響を与えることになる。
高評価は、町屋の名残がある地域
市版SDGs調査のランキング結果を見てみよう。2位の金沢市(石川県)、4位の明石市(兵庫県)、5位の福岡市(福岡県)などは、町屋が残る商業の町である。「幸福度」「満足度」「愛着度」「定住意欲度」のいずれの項目も高い数値になっていることがわかる。
ウィキペディアによれば、「町屋とは、民家の一種で町人の住む店舗併設の都市型住宅である。町家ともいう。同じ民家の一種である農家が、門を構えた敷地の奥に主屋が建つのに比べ、通りに面して比較的均等に建ち並ぶ点に特徴がある。(中略)表通りに面して建つ町屋は、職住が同じ建物で行われるいわゆる併用住宅と呼ばれる形式が多く、一般的には商家としての町屋が多く建てられていた」との説明になっている。簡単に言えば、商業で発展した街だと捉えるとわかりやすい。
さて、SDGsは17の項目に関する持続開発目標を示すが、誤解を恐れずに言えばその要素は町屋の並ぶまちにあると考えてもよさそうだ。つまり、地域の経済的中心都市としての役割を担っていたまちが、SDGs調査ランキングで上位に並んでいるのである。まちの発展に欠かせない要素を持っていたからこそ、そこに住む人々は幸福であり、満足していたのだろう。愛着もわくし、他のまちへ引っ越す理由は特にない……。
川越市はSDGs指数に加え「幸福度」でも1位
順位 | 市名 | SDGs指数 | 幸福度 | 満足度 | 愛着度 | 定住意欲度 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 川越市 | 74.7 | 74.8 | 69.0 | 78.8 | 76.1 |
2 | 金沢市 | 74.5 | 70.9 | 66.5 | 80.8 | 79.6 |
3 | 西宮市 | 74.3 | 70.9 | 69.2 | 79.2 | 77.7 |
4 | 明石市 | 74.1 | 70.0 | 69.4 | 77.9 | 79.1 |
5 | 福岡市 | 74.0 | 67.4 | 65.6 | 81.0 | 82.0 |
5 | 豊橋市 | 74.0 | 72.1 | 70.6 | 77.2 | 76.1 |
5 | 札幌市 | 74.0 | 68.1 | 66.3 | 80.8 | 80.7 |
8 | 神戸市 | 73.8 | 68.5 | 65.2 | 80.6 | 80.9 |
9 | 高槻市 | 73.5 | 69.1 | 68.1 | 77.7 | 79.2 |
10 | 京都市 | 73.4 | 70.9 | 65.5 | 80.3 | 76.9 |
83市平均 | 69.0 | 67.6 | 62.4 | 74.0 | 72.0 |
出典:「市版SDGs調査2020年」より(株式会社ブランド総合研究所)
しかし、現代では地域経済は小さくなり、東京や大阪など大都市圏を中心に動くことが当たり前になってきた。都市部と地方の経済格差が広がり過ぎたのである。
そして人口減少、少子化、高齢化の時代を迎え、都市計画そのものも見直しを迫られた。行政サービスの維持を図るために、国は「コンパクトシティ」を提唱しはじめた。
「現状のままでは、消滅都市が出てくる可能性もある」と指摘され、地方創生が盛んに叫ばれている。地方を活性化させるカギは、地域経済にあると読み解く時、町屋の残る地域に着目すべきだろう。つまり、地域経済の中心だった輝かしい実績があり、新たなにぎわいを作り出す条件も揃っているというわけだ。だからSDGs調査のランキングは、新しい可能性を持つまちのランキングだと受け取っても間違いではない。
圏央道エリアは、「トカイナカ」の適地
COVID-19(新型コロナウイルス感染症)によるパンデミックが起き、あらゆる価値観が一変しつつある。例えば、都心回帰の流れが緩み、郊外や地方へ分散の動きが始まっている。
「三密を避け、職住近接を実現できる地域は?」と探す人たちが増え、「テレワークの導入で、自宅は都心に近くなくてもいい」と考える人たちも少なくない。しかし、特に遠く離れた地方への移住は、まだハードルが高い。
そこで「都会」と「田舎」の中間のような地域である「トカイナカ」が、いま注目を集めている。例えば、圏央道に近い地域は、コロナ禍時代の新たな最適居住地として評価されはじめている。つまり、都心とのほどよい距離間で、近くには豊かな自然が残っており、生活の利便性があることがポイントになっているのだ。
経済アナリストの森永卓郎氏は、「トカイナカ」生活を30年前から所沢市でしているという。駅前は、商業施設が入ったショッピングモールや飲食店が並び、買い物の利便性が高い反面、駅前から少し離れるだけで緑が豊かな田園風景も広がり、近隣とのプライベートが守られる地域の人間関係がある……。快適便利な都市生活と自然環境が身近にあること、それがトカイナカ暮らしである。もちろん、感染症に脅かされるリスクも低い。
川越市内の「川越駅」「本川越駅」は、駅ビルや商業施設の入ったショッピングモール、レストラン、オフィス、ホテルなどが立ち並ぶ。そして街中から少し離れると、閑静な住宅地と、農地や緑地が広がっている。
圏央道エリアには、そうしたトカイナカの適地がいくつもあり、川越市もその一つと言っていいだろう。withコロナの時代は、ソーシャルディスタンスを維持しつつ、テレワークの活用によって働き方も変わり、トカイナカのまちが新たな経済圏を構築する可能性が大きくなったのである。そういう意味で、川越市は、コロナ禍時代の新しいまちづくりモデルとして、大いに注目されるのは間違いないのである。
(つづく)
【特集】SDGsランキング“日本一”のまち川越市が描く「地方都市」の近未来:
福﨑 剛(ふくさき・ごう)
フリージャーナリスト。東京大学大学院修了(都市工学専攻)。マンション管理、景観保全のまちづくりなど、都市問題に詳しい。